誕生日を祝ってもらったことは一度もなかった。高校生のころからずっと。たぶん知らないんだと思う。誕生日会える時もあれば会えないときもある。会っても普通に過ごして終わる。おめでとうのひとことすらもらったことはなかった。たぶん、そんなに重要なことだと彼は捉えてないんだろうって勝手に思ってた。御幸は高校を卒業して、すぐにプロに入った。理由は父の会社がうまくいっていないのをわかっていたからそれ以上の学費を払わせるわけにはいかないと思ったことと、だからと言って自分が手伝えるものじゃないとわかっていたからだと思う。稼がなきゃいけない意識も高く、野球バカというのもあり彼は私をほったらかしにして野球に一筋だった。いつまでも待っててやるもんか。と思っていたのに結局私はふらりと戻ってきたころに彼に居場所を与える役になっていた。
捕手としての最高の技量と、プロ意識の高さ。そしてひときわ目立つそこらのアイドルや俳優も顔負けの整った外見。オフシーズンもテレビや雑誌に引っ張りだこ。会える日なんてほんとに限られていた。大学に通っていたころ私ははある程度融通を聞かせることができた。特別大切な授業やテストじゃない限り大学だってサボった。そこまでしなければ会えなかったから。馬鹿みたいに真面目なクラスの委員長タイプの子にそこまでして会いに行く意味が分からないわ。と言われたときはわかってもらえるとも思わないし、思ってほしいとも思わないよ。と喧嘩口調で返してしまうほど気がたっている時期もあった。
社会人になってますます会う時間がなくなり、プロとして安定してきた彼のお荷物になってきてるのが今。2年会っていないカップルをまだ恋人と呼んでいいのだろうか。いや、呼ばないだろう。というか電話したのも一年は前だし、事後報告のメールが来るくらいだ。いや、もうそれだけはほんとに頻繁に来るけど。むしろノリ君や倉持、白洲とかのほうが会う回数は多いし。地味に敵高だった成宮のほうが連絡数は多い。まったく興味はないし返事もたまにしか返さないのに御幸報告をたくさんくれる。その手段は電話がほとんどだけどたまに飲みに連れていかれる。こいつは何がしたいのだろうと本気で思う。
という私にも春が来たのだ。実は仕事の先輩によければ自分と結婚前提に付き合わないかと言われたのだ。年上がもともとタイプだったし、やさしいし、性格いいし、なによりそろそろいい機会かと思ったのだ。誕生日の今日、御幸はまた試合があって会うことはできないけどそれが終わってから電話しようと思う。それに出なければそれまで。そして誕生日について何も触れられなければそれまで。この人とはここで終わりにしようと思う。2年もテレビ越しで一方的にしか見ることができない相手と、これ以上続けられるほど私は強くないのだ。先輩に対し、失礼だとは思うが逃げ道がほしかった。
一応先に久々に話がしたい。夜に電話をかけるつもりでいるということだけメールで伝えたら俺も話があるとだけ返ってきた。きっと御幸もその気だと思うから。最後の、恋人の日かな。そんなわけで試合を観戦するのも寂しいのでやめて普通に部屋着になって部屋でゴロゴロなりながらだいたい終わったころの時間に電話をかけようといまだに大好きな週刊誌の漫画をぺらぺらと捲っていた時だった。インターホンが鳴ってこんな遅くにだれだと思いながら一応チェーンをつけてドアを開けるとなんかカメラがいた。は?え?なに?これなんの事件???一度ドアを閉めようとすると俺だからチェーン外してくんない?と見知った顔が顔をのぞかせる。うわっ!と思いっきり叫んで急いでドアを閉めた。ななななななんで御幸がいるの?!というか、部屋着だし、髪の毛適当だし、ノーメイクだし、というかなんかカメラいたし。え?なに?新手の詐欺とか??おれおれ詐欺の進化バージョン的な?
「詐欺なら間に合ってます・・・・」
「え?まって。俺コイビトだよね?詐欺者扱いなの??」
「え?本人なの?」
「え?本人じゃないの俺?」
ドア越しにあほみたいな会話をしたのはのちに黒歴史になるであろうバカすぎる会話だった。それでも状況が理解できなくてとりあえず何のご用でしょう、とドア越しに聞くと出てきてほしいんだけど。と言われ無理と即答した。だってまずそのカメラなに?なんかすごい本気のカメラだったよ。持ってる人も。外から何度も何度も乞うような声で出てきてほしいと言われるとさすがに罪悪感がでて、仕方なくチェーンをしたままもう一度ドアを開けた。
「チェーンは外してくれないの?」
「まずこの状況を説明してほしいんだけど。」
「その前にチェーン外して出てきてほしいんだけど。ついてきてほしいんだけど」
「なに?倉持たちと私にドッキリでも仕掛けようっての?」
「違うから。どうしたらそういう考えになるんだよ」
「それはあなたの日ごろの行いだと思います。」
そこまで言うと御幸は降参ポーズをとってわかった。もう全部ここでいうから。だからチェーンだけ外してもう少しだけ、せめて顔がしっかり見える程度に出てきてほしい。そこまで言われたら私も妥協して一度ドアを閉めてチェーンをはずし、さっきよりも広めにドアを開けた。完全に部屋着だな。といって笑う御幸に突然来て文句言うな。と言い返す。
「それで、こんなことしてまで何用ですか」
「変なしゃべり方だな」
「こんなテンパる状況にしたの御幸じゃんか!!」
「うん。結婚してください。っていいに来たからな」
「え?」
意味を理解できずにぽかんと間抜けな顔をすると御幸はくすくすと笑い、そしてやさしい顔をして俺と結婚して。と耳元でささやいた。誕生日プレゼント。そういってポケットから取り出したのは小さな箱で、そのなかにはありきたりなそれが入っていた。なにそれ、意味わかんない。二年も会いに来なかったくせに、電話もろくにしてくれなかったくせに、メールばっかで、誕生日すら覚えてくれてなくて、もう私には興味ないんだとばかり思ってたのに。なにこれ。いきなり、こんなの。ずるいよ。ぐじゃぐじゃだよ。といって抱き着くと御幸はギュッと抱きしめ返してくれる。
「誕生日おめでとう。知ってたけど気恥ずかしくてなんも言えなかった。電話もあんましなくてごめん。電話したら会いたくなるから」
「わたしは、会いたかったし、電話だってしたかったっ!」
「うん。だからこれからは毎日するから。俺と結婚しよ。誕生日プレゼントこの指輪と俺と同じ苗字」
「似合わないセリフいってもかっこよくないんだからね」
「そんなセリフ言っちゃうぐらい頑張ったんだから、ご褒美は?」
「・・・どうぞ末永くよろしくお願いします」
最後の悪あがきみたいなものでふん。と鼻を鳴らすと御幸はそれもお構いなくきつく抱きしめてすんげぇ好き!と叫んだ。なんだこの茶番は。と思いながらも私もつられて笑顔になった。後日これが『御幸選手の密着プロポーズ大作戦』という番組になっていると友達に聞いて初めてすっかり忘れていたあのカメラのことを思い出し、御幸と早々に大喧嘩をすることになった。

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