思わず柵を掴む。すごい、すごい。やっぱり、御幸はすごい人だよ。強くボールを叩きつけ、敵の間に上手くボールを滑らせ自分たちの走る時間をつくる。あんなに速い球を簡単に打っちゃったよ。次の回でトップで出てきた倉持は上手く走る。反対方向にボールを打つとそのまままるで野生動物のような速さで走り出す。あっという間に2塁まで進出していた。周りからも歓喜の声が上がる。た、のしいかい?お坊ちゃんにそう聞かれ思わず満面の笑みでうん!と返す。それを聞いた瞬間彼が嬉しそうに微笑んだ。その顔を見るとまたずきりと胸が痛む。
ねぇ。なんだい?私はあなたの気持ちに答えられない。あなたのこと、男の人として見ていないわ。まっすぐと目を見て自分の気持ちをぶつけた。御幸の姿を見ていたら、言い訳をして逃げている自分が恥ずかしくなったから。ちゃんとまっすぐ人の気持ちにぶつかろうって思えたから。ちゃんとはっきり目の前のこの人に自分の思いを伝えた。けどかれは切なげに微笑んで知ってるよ。といって笑う。でも、それでもいいから。もう少しだけそばにいて欲しい。もう少しだけだから。あまりに必死なその声に胸が締め付けられた。ダメだ。こういうのに、自分が弱いのは自分が一番よくわかってる。君だけだったんだ。僕を叱ってくれたのも。はっきりと意見をぶつけてくれたのも。やっと気づけたんだ、自分の愚かさに。まだまだダメなところもある。だから、お願いだ。もう少しだけ、そばにいて欲しい。ちゃんとした人間になれるまで・・・。そう言ってかれは俯いた握られた拳にどれほど力が入っているのだろうか。こんなの間違ってる。これは彼のためにならない。そうわかっているのに、私は彼の手をそっと握った。弾けるように顔を上げて驚いた顔をして私を見る。その目に映る私は頼りない顔をしていた。あと一ヶ月、恋人でいる。それまでに私を後悔させるような人になって。それが条件だよ。精一杯のつよがりだった。泣きながら笑う彼を見ていれば正しいことをしたように見えるかも知れない。けど、全然正しくなんかない。これは間違いだ。わかってる。だけど、わかるんだもの。彼の気持ちは痛いほど。私はタダ、彼を救うふりをして自分を救いたいだけ。自分を正当化したいんだ。ああ、また御幸に心配をかけてしまう。倉持にもバレたら何を言われるか。ごめんなさい。
またきっとたくさんの人に迷惑をかける。そうわかってるけど、でもね・・・・。
「出よう。こことは違う所に行こう」
「え、でも楽しんでたんじゃ・・・」
「うん。楽しかった。だから、出よう。ここにいたら・・・一緒にいられなくなっちゃう」
その言葉で何かを察したのか彼も黙って立ち上がった。そのまま手を握られ一緒に歩き出す。こんなことをしてなんになるんだ。きっと倉持ならそう怒るだろうね。ごめん。でもさ、やっぱり私には切り離せないんだよ。ひとりぼっちで寂しそうにする人を。だって、私もいつだって求めてるから。このさみしさを無くしてくれる人を。埋めてくれる人を。そばにずっといてくれる誰かを。自分が本気で愛せる誰かを。だから、だから・・・。二人には背を向けるよ。一ヶ月、私は自分とあなたたちに嘘をついて過ごす。偽物愛情をこの人に注いで、偽りの時を過ごす。大丈夫。同じだよ。御幸の時と同じ。だけどさ、この泣きたくなるような感じは何なんだろうね。こんな感情、御幸のときには感じなかったよ。

嘘に殺された少女


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