彼に出会ったのは高校3年生の時だった。夏の甲子園。そこに彼はいた。選手として。私は野球に興味など微塵もない人で、むしろサッカーの方が好きだ。女子サッカーを小学生のころはやっていたくらいに。わかりやすいし、何よりあの緊張感がたまらなく好きだ。選手として出るときの緊張は苦手だったけどね
そんな私たちが出会ったのは沢村君がきっかけだった。彼は御幸の後輩で、すごいおバカなんだけど真っ直ぐで可愛い人。でもすごいピッチャーなんだ。馬鹿だけど。
そんな彼が馬鹿なおかげで私は御幸と出会うことができたのだ。
当時私は甲子園球場でバイトをしていた。学校の近く、という理由と、友達に誘ってもらったから。お金が只欲しかったからなんでも良かったんだ。それまでは工場のバイトとかしかしてなくて、接客とかには戸惑ったけど案外やればできた。
高校ではバイトが禁止されているのでバレないようにしなければいけないっというのもあり、目立つことはとても嫌いだった。でも、それも困っている人がいれば別の話になるのが私の馬鹿なところだと思う。
沢村君はなぜか選手なのに観客が行き来する観戦側に迷い込んでいたのだ。しかも走り疲れて喉をカラカラにしていた。息もぜぇぜぇと荒れていて。本当に苦しそうだったことを今でも覚えている。そんな彼を後ろから見つけて私は声をかけたのだ。まだ、バイトの仕事場に入る前だった。派遣の私は球場のいろいろなところに行く。今日はアイス屋さんのところに行こうとしていたのだがその前にヨロヨロとしている人を見かけて心配になって声をかけたのだ。
「大丈夫ですか?」と声をかけると驚いた顔をして彼は「水・・・」とだけつぶやく。ここでおじさん相手ならまだしも相手は子供だ。しかも年下っぽい。年下、というより子供の弱い私は迷わず「あげる」と言って自分のボトルを彼に渡してしまった
彼は目を輝かせて受け取るとぐびぐびっとそれを一気に半分位ほど飲み干す。すごいなぁ、と変に感心した。礼儀正しくありがとうございます。と言われると悪い気もしないのでいえいえ。と答え迷子?と聞くと彼はうっと言葉に詰まる。やっぱりか
分かるところなら案内しますよ。と言うと彼は目を輝かせて「選手控え室ってどこですか?」と聞いた。おかげで私は自分の耳を疑った。え、この子もしかして・・・
「今日戦う選手ですか?」と恐る恐る聞くと満面の笑みで頷かれた。そんな人がどうしてここに、ってそうじゃなくて試合まだ始まってないよね??
慌てて私は彼の手を引いて自分の派遣会社の社長さんに事情を話し彼のチームの控え室までの案内をお願いする。すると社長に地図を渡されて人手が足らないから私が案内するように命じられる。え?嘘でしょ??私控え室とか知らないんですけど・・・・
でも遅刻させるわけにもいかないので社長の手書きの地図を見ながら沢村君を連れ出した。とにかく間に合いますように。それだけが心配だった
「あの、迷惑かけてすんません。俺、青道高校2年の沢村って言います」
「私は久留野もな。ここの近くの高校の3年。沢村君のことは私が絶対チームに送り届けるからね」
それは自分に言い聞かせた言葉でもあると思う。沢村君は「お願いしやす」と大きな声で私に頼んだ。ちょっと周りの視線が痛い
行く道行く道で簡単に事情を話し、控え室の方まで必死に歩く。そしてやっと青道という制服を見たときホッと胸をなでおろした。いたよ。と沢村君に言おうとするけどその前に同じ学校の選手が「どこ言ってたんだこのバカ!」とプロレス技みたいなのをかける。ギブギブって言ってますよ、沢村君。ほんとに痛そうだよ・・・・
どうしようとあわあわしていると沢村君をいじめていた人と目が合って誰?と聞かれた。なのでここでバイトしてるものです。と答えるとすかさず沢村君が入ってきてここまで連れてきてくれた恩人です!と返すものだから恥ずかしいったらありゃしない
そんな大層なものじゃないんだけど。あと水も分けてくれました!と渡したボトルを仲間の人に見せると仲間の人は焦った顔をして沢村君の頭を殴った。そして深く私に頭をさげてくる。お前、ペットボトルとかじゃなくてボトルだろ!口つけて飲んでねぇだろうな?と彼を怒り始めるので私は慌てて気にしないでください自分がしたかったことなので!と叫んで止めに入る。ちょっとこの人怖い。いい人なんだろうけど怖い
「沢村いたのか!?」とほかの人も集まってきていつの間にか大勢の中にポツリと部外者の私がいるような状態になってしまう。本当にこういうの慣れてないから嫌なんですが・・・
とりあえず送り届けたし戻ろうとするとがしっと肩を掴まれる。ビクッと肩をはね上げて振り返ると驚いた顔をした男の人が私の肩を掴んでいた。「驚かせてごめん」と謝られ、そして沢村君のことも事情を聞いたらしくお礼を言われた。そんな大層なこと本当にしてないのに。と少しばかり焦ってしまう。沢村君も解放されるともう一度私の前にやってきて深く頭を下げる。そこまでされるとこちらがあわあわしてしまう。こういう時なんて返せばいいのだろうか。バイトとして当然のことをしただけです?いやいや、ここのバイトの人そんな志高くないよ。この間先輩盗み食いしてたの見たもん。そしてここの社長もセクハラ発言多いようなちょっと苦手な人だ。褒める気はサラサラなかった
「人として、当然のことをしただけですから」ととりあえず誰かを褒めるのではなく、当たり障りのないことを言っておいた。それを聞いた男の人はきょとんとした顔をしてすぐに大きな声で笑い始める「はっはっは」と大きな声で。これは馬鹿にされてるのかな
「あの、私そろそろバイトに戻らないといけないので」
「そうだよね。ごめんね、本当に」
「いえ、大したことは本当にしていないので」
「あ、沢村が借りたボトルもちゃんと洗って返すから連絡先教えてくれない?」
「あ、それあげます。安物なんでいいです」
「でも、それならお礼はしたいから」
「ほんとに、気を使うようなものでもないのでお気になさらず」
必死に断るけど向こうも一歩も引いてはくれない。助けて、という意味で沢村くんを見たのに彼に同意らしく先程のように綺麗に90度に腰を曲げて「お願いしやす」と叫ぶ
ほかの人誰か止めて。と辺りを見渡すが味方はいなかった。うう・・・
「あの、本当に大丈夫です。それでも気になりましたら・・・えっと・・・そうですね。甲子園でたくさん勝ってください。安物との取引にしては大きなものになりますがそうしてくれると嬉しいです。」
それが一番嬉しいです。と言うとそこにいる全員が驚いた顔をする
だってそうじゃないか。知らない学校が勝ってもなんとも思わない。それくらいなら少しでも知ってる人が勝つほうが嬉しいじゃないか。
ちゃんと自分なりの理由をそう話すと肩を掴んだ男の子はお腹を抱えて笑い出す。結構この人失礼だよ。お礼とか言うならその態度をどうにかしてください。
「わかった。じゃ、報告するからやっぱり連絡先教えて」と言われ一瞬かなり戸惑ったが早くバイトには戻らなければいけないのでとりあえす急いでもっていたメモ帳にボールペンで自分のアドレスを書いた
危ない人ではないはず・・・・!たぶん。
「それでは、失礼します」と頭を下げると最後の最後まで沢村君は大きな声でお礼の言葉を言ってくれた。いい子なのはわかったけど恥ずかしいのでやめてください



彼女照れ屋なんです


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