クッキング教室の先生というのは案外楽しいものでもあり、難しいものでもあると思う。
調理と製菓の専門学校を卒業した私は進路に迷っていた。やりたいことなんていくらでもあるけど、かなわないことばかり考えてしまう。就職はホテルがいい。とか海外に留学してもっと勉強がしたいとか。だったら先に英語とか覚えなければならないのにそのやる気は出ない。なんて矛盾したやつだろうか
専門学校の就職率は100%?当たり前じゃないか。それだけのつながりがあるんだから。だけどね、就職率がいいからって全部いい所に行けるわけじゃない。ほとんどが工場の仕事なんだよ。そんなの絶対嫌だ。私は、自分の技術を上げたいのに
でもそんな才能もなければ、勇気もない。挫折に挫折を重ねた結果、料理教室の先生をすることにした。もちろん社員だ。自分で開いたわけじゃない
私はただ、人に笑顔を届けるような仕事がしたい。ってだけでこっちの方向に来た。もともと友達の言葉を借りれば『家庭的』な私だからこれが仕事になろうともストレスがとてもたまることはないだろう。そういう考えもあって
でもさ、時々思うんだ。あの時、もっと頑張って勉強をしてたら。もっといい就職先につけたんじゃないだろうかって。悔やんだってしょうがないってわかってるけどついついそんなことを考える。本当はもっと母親に楽をさせたかったのに結局私は甘甘なのだ。自分に。もっと厳しい人間だったら、今が変わっていただろうか
人に教えるのは嫌いじゃない。その人が誰かの為に頑張ろうって人ならなおさら応援したくなる。教えた人が授業を終えたのにわざわざ赴いて「喜んでもらえた」って言ってくれれば泣きたくなるくらい嬉しくなる。
だけど違うのだ。何かが。これはきっと社会人の誰もが考える。どうして自分はこの程度なのだろうかと。努力もしてないくせにこんなこと考えるなんてなんとおこがましい事か
そんなときは彼に会いたくなる。人一倍努力してる才能ある人に。
なんだか彼に会うと元気をもらえるんだ。私はもっともっと努力したらきっと何かが変わるってなんとなくだけど思えるから
まぁ、多忙な彼に会うのはかなり難しいんだけれどね、実際
仕事を終えてポケットから携帯を出すと目的の人を探す。『御幸一也』の文字を見つけるとすぐにタッチしてメールを打った。けど途中でやめてしまう
迷惑じゃないかな。とかいろいろ考えるといつもこうやって思いとどまってしまうんだ。考えすぎだってよく言われるけど、大事な人ほど慎重になってしまうのだから仕方ないじゃないか。
ふと前にあったときに言われた言葉を思い出す。

「てか、いつになってももなは気を使いすぎるよね。いい加減やめない?」

それで私次から気をつけるって言ったんだっけ。ならこういう時も少し貪欲にいっていいのだろうか?彼は困らないだろうか。そこまで考えて首をブンブンと横に振る。約束、したんだから頑張れ私。とりあえずメール文を必死に考えて書いては消して、消しては書いてとまるで恋する少女のようなことをしていた。これ女友達にも普通にするって言ったらきっと御幸びっくりするだろうな・・・・。とまぁ、そんなことを考えて最終的に打ち込んだのが「時間作れる時あるかな?飲みたい気分なのですが付き合ってくれませんか?」だった。・・・・。うん、結構素直なもんじゃないか。でもこれ送信していいのかな。なんてグダグダ迷っていると「わっ」といきなり後ろから背中を刺されてビクッと肩をはね上げたひょうしに送信ボタンを押してしまう。な、なんてベタな展開に?!
「なははは。またいい反応するねぇ、もな」
「もう意地悪しないでよ。背中弱いって言ってるのに」
「いや〜、なんか難しい顔してたから緊張してるのかと思ってリラックスさせようと思って」と同期の彼女はおとぼけたように言う。ほんとに背中はダメなのに
「で、彼氏で来たの?」といきなりの質問に私は眉間にシワが寄った。それを今言いますか。明らかに落ち込んだ私を見て同期の彼女は察し、どんまい。と言われる。悲しくなるから何も言わないで欲しかった。ほんとに
「でもだったら何をあんなに悩んでたの?難しい顔して携帯なんか睨んじゃって」
「多忙な友達に遊ぼうって声をかけるのはいいかなって迷って」
素直に事実を言うと彼女は「もなから誘うなんて珍しい」と驚く。そんなに驚くことだろうか。私だって誘うときは誘うじゃん。と言うとでも圧倒的に少ないと言われ返す言葉もなかった。「どういう風の吹き回し?」と聞かれると答えに迷う。対した理由はない。ただ彼に言われたからだ。事の経緯を話してみると(もちろん相手の名前を伏せて)同期の彼女はそりゃそうだ。と彼の言葉に同意した。
「いい加減さ、迷惑どうこう考えるのやめたら?友達なんでしょ?頼り合うことができるのが本当の友達じゃないの?可哀想だよ、その子」
「わかってるんだけどね。大切な人ほど気を使っちゃって・・・。前も幼馴染の一人に寂しいって言われたのになぁ」
反省したはずなのに同じこと繰り返しちゃってる。馬鹿だなぁ、私。また反省。
「もなの彼氏はリードしてくれる人がいいね。それでいて、よくあんたのこと理解してくれる人」
「そんな人いたらねぇ・・・・」
いないから今なんだと思う。とつぶやくと同僚はそうかと言って笑った

いない人を求めて何千年

prev next

 

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -