未だに不機嫌な顔をしてこちらをじっと見続ける御幸を私は強く睨んだ。当たり前じゃないか。人の後輩になんて態度を取っているんだ。なにあいつ?家まで送るなんて恋人にでもなったわけ?落ち着いた口調で口からこぼれる言葉はひどく冷たい。少し怖いとも思ったけれどここで押されてはいけない。どう考えたって悪いのは御幸じゃないか。御幸には関係ない。はっきりそう言うと御幸は少し驚いたように目を開く。ああ、そうかよ。その声はいつもの数弾と低く、重い。身の危険を感じて鍵のある部屋に逃げ込もうと走り出した時には既に遅かった。腕を捕まれ、ソファーに放り投げられる。柔らかいソファーといえど勢いよく倒れればそれなりに痛い。いっ。と声を上げても御幸は気にもとめずにそのまま私に覆いかぶさってくる。これから何をしようとしているのかなんて、容易に想像がつく。これで分からないほど私は馬鹿でも、純粋でもない。ヤリたいならやればいいじゃない。はっきりそういえばまた御幸は驚いた顔をする。てっきり嫌がるだろうと思っていたんだろう。はっはっは。反抗しないんだ。するわけないじゃない。したって無駄なことはわかってる。でもだからって黙って抱かれてなんかやらない。こんなことしたって、意味ないもの。私がそう言うと御幸は綺麗な顔を苦しげに歪めた。知ってる。んなことずっと前から。そういうと御幸は深く私に口付ける。でも私はそれよりも先ほどの御幸の顔が頭から離れない。違う。あんな顔、あんな顔させたかったわけじゃない。あんな顔、させたくない。だから私、あの時も御幸に抱かれたんじゃない。少しでもこの人の孤独が和らげばいいって、そう思ってたはずなのに。こんな顔をさせたのは、ほかの誰でもない、私自身。押さえつけられていた手を必死に動かす。なんだ。やっぱり反抗するんじゃん。違う、違うの。私が首をブンブンと横に振れば御幸は困ったように私もう一度私に口付ける。本当に違うの。みゆ、き。お願いだから、私の言葉を聞いて。私を見て。そんな思い出その名を呼ぶと御幸はゆっくりと離れてなに?と聞いてくる。少し緩んだ腕の拘束をやんわりと外しゆっくりと彼の背中に手を回した。御幸。もう一度彼の名を呼ぶ。言いたいことはたくさんある、けど言葉にならない。なんといっていいかわからない。いえ、分かりたくないの。でも、ただこれだけは伝えたい。
「一人でつまらなかったから、散歩してた。そしたら後輩君にあった」
「え?」
「それだけよ。それ以上のことはないから」
彼氏なんかじゃない。恋人なんていない。関係ないなんていって本当にごめんなさい。必死に、ただ謝ると御幸は優しく微笑んで優しく私を抱きしめる。馬鹿な奴。困ったように笑いそう言った。そうだね。私は相当馬鹿だよ。たとえそんな顔をされても突き飛ばさなければいけないのに。それができないんだもの。弱さゆえに。こんなことしたって、本当に何かが変わるわけでも、ぽっかり空いてしまった場所を埋めることが出来るわけでもない。ひと時の幻だというのに。それでも繰り返しているのだから、本当にバカだよ。こんなバカなことを誰かに言うこともできない。二人だけの秘密。たとえ御幸や私の心許す友人だとしても、言うことなんてできない。お互いの体裁やそのほかもろもろのためにも。まぁ、倉持なんかだったら笑い飛ばしそうだけれど。いや、違うね。きっとあの人なら、馬鹿だって怒ってくれるよ。わかってる分かってるよ。自分が馬鹿なことも。何もかも。でもね、この手を離したら、この人はどうなってしまうの。それが私はたまらなく怖いから、このバカなことを繰り返しているの。
「もな。わりぃけど、止められねぇ」
「いいよ。大丈夫。怖くないから」
「・・・ありがとな。優しくするから」
早く誰か、この人を助けて。そうじゃないと私たち、取り返しのつかないことをしてしまいそうなの



深海より深く

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