私にとってはこのバカな子も大事な友達なのだ。小学校のころからずっと一緒で、どうやって育ったのか純産物に育ち、見てるこっちがいつもハラハラしてるくらいだった。すべてってわけじゃなくても人の悪意にも気づかないときはあったりする。それに育った環境のせいか人が傷つくことをひどく恐れた。そして他人を笑顔にさせることを何より好んだ。無理してまで他人を笑顔にさせるその性格が私は嫌いだった。いつかそのせいでこの子は悲しい思いをするとわかっていたからだ。
大人になって、いくら純産物とはいえいろいろ汚いものをたくさん見てきたからもう大丈夫だと侮っていたらこれだ。知らない男とそういう関係になり、そこからお付き合いが始まり、結婚までしようというのだ。普通の男ならもう少し考えるだけで済んだだろう。だけどあいてはイケメンと有名なあのプロ野球選手。女も男も選びたい放題という人。完全に遊びかおふざけだ。もちろん何も話してくれなかったことにむかついた。けどそれ以上にそんなくだらない男のためにあの子が泣くのが嫌だ。だから最初から宣言したのだ。認めないと
「う、うわ。人多い」
「はぐれないでよもな。あんたはぐれたら見つけにくいんだから。」
「わたしちゃんと自分の席の番号覚えてるから係りの人に聞いてたどり着けるもん」
自力じゃないんだ。という突っ込みはしない。当たり前のことだ。ああ、失敗だったかな。この子が地元を離れると聞いたとき止めるべきだったのかもしれない。だからこんな間違いが起きたのだろうか。遊ばれてるのに本気になるなんて・・・。とにかく、早く目を覚まさせないと。そう思っていたのに試合が始まった瞬間嬉しそうにはしゃいでいるもなを見ると胸がちくりと痛む。馬鹿でどうしようもないお人よし。そのせいで何度傷ついてきたのか、私は知ってる。だから止める。この賭けなんて勝ったも同然だ。明らかに相手のチームのほうが調子もいいし、強い。それをただ勝つだけじゃなく、3点の差をつけろなんて言ったのだ。そんなかけに乗るなんてよほどの馬鹿か、もしくはもなとの関係をこれを機に切ろうとしているのか。さすがにそこまで馬鹿な人じゃなさそうだから後者の確率が高い。
「きゃー!!栄純くん!!かわいい!がんばれー」
画面に沢村投手の顔が映る。なんでこの子、野球でこんなに盛り上がってるんだろ。スポーツ観戦とか好きだったっけ?やるほうが好きだったんじゃなかったっけ?というか野球に興味なかったんじゃなかったかな。なんで彼氏のチームの投手知ってるんだろ。好きな人の相手のことだからちょっとは調べたのかな。あ。でもどうやら先発じゃないらしい。違う投手がマウンドに上がっている。
「もなはさ、何が良くて結婚しようなんて思ったの?」
「御幸と?」
「うん。確かに顔もいいし、お金も持ってる。けどその生活に普通は望めないよ?」
普通の一般的家庭みたいな幸せはきっと無理だ。浮気当たり前。帰ってこないの当たり前。子育ては押し付けられ、お金だけが入ってくる悲しい生活。そんなの、この子には似合わない。御幸ってね、馬鹿なんだ。は?なんかね、不器用で言葉足らずで、人怒らせるのが得意で。前もね、野球と私を天秤にはかるときがあったんだけど野球を迷わず選んだの。なにそれ?!でもさ、それでも不器用な手で必死にこっちに手を伸ばしてるの。行くなって口にしないくせに目で訴えてくるの。たぶんね、わたし。御幸となら分かり合えるんだ。いやなこととか、苦しいこととか。一緒に背負えるんだよ。いろんな人に御幸でいいのかってよく聞かれるけどね、御幸でいいのか、じゃなくて御幸じゃなきゃ嫌なんだ。
「だってね、どうしようもないくらい好きなんだ」
いっぱい傷ついて、いっぱい泣いて、いっぱい苦しい思いをするの。一緒にいると。でもね、そのあとさ、二人で顔を見合わせて笑うの。怖かったね。苦しかったね。って言いながら。なんかね、御幸と一緒だったら何でもできる気がしてくるんだ。
照れ臭そうにはにかむもな。こんな顔、初めて見た。こんなに幸せそうな顔、初めて見た。もう一度御幸さんのほうをみる。あの人、もしかしたら本当にもなのことを幸せにしてくれるかもしれない。もし、もし本当にこんな絶望的な試合を約束通り勝ったら、信じてみよう。万が一にもないかもしれないけど、でも私はこの子の笑顔があるなら本当はそれでいいのだ。だからこの子が泣くような結果にはならなければいい。そう思った


勝利を願うつもりなどない


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