あれから御幸は毎晩私のことを抱いていた。起きたらご飯ができていて私はそれを食べるのが当たり前となっている。お昼も適当につくり(昨日ついつい手を抜いたら食材のヘリが少なくそれがばれて怒られた)食べて晩御飯を作り、御幸の帰りを待つ。ほんとにすることはなく、暇で仕方がない。それでもそんな御幸に反抗できなかったのは毎日急いで帰ってきて家にいる私を見てほっと胸をなでおろしていることを、知っているからだ。そんなに心配なら首輪でもつければいいのに。なんて冗談でも言えないくらい、御幸は今とても不安定だ。たぶんあの女優とのことがあてからずっと不安なんだと思う。そんな御幸にあれ以来すこし御幸に恐怖心があるなんて言えるはずもなく、ただただ自分で自分を慰めることしかできない。誰にも会えないし、誰にも電話できない。相談することもできないのだ。御幸には何も言えない。一週間ただその恐怖に耐え続けた。
一週間が終わり、次の日に倉持が家に来た。まだ家から出ることに恐怖すら感じるため家に呼ぶことにしたのだがそれすらも少し怖った。でもそんなこと言えず、へそを曲げていると倉持は呆れた顔をしてため息をつく。確かに心配をかけたんだろう。ああいう店で働くということが自分で思っている以上に危ないことだというのはこの前のことでよくわかった。けれど、正直恋人であろうが友人であろうがそこまで口出されるのはあまり好きじゃない。束縛などは好ましいと思えない人間なのだ。わたしは。御幸が人一倍独占欲強いのも知っている。わかっているけど、納得できないものは納得できない。どうせ今回のことは亮さんにも伝わっているのだろう。そして亮さんからも叱られ、最悪お仕置きというものが待っているかもしれない。そう考えると憂鬱で仕方がない。
晩御飯を作り、御幸の帰りを待つ中、やっぱり私の中の半分は怖いという気持ちにある。一週間ちゃんと約束を守った。けれど、まだ怒ってるかもしれない。またあの冷たい目で見られるかもしれない。こわい。ソファーでクッションを抱えていると倉持がふんわりと頭をなでる。そして私に寝室に行くように。自分が呼びに行くまで鍵をかけてなかで待ってるように。と言われた。言われた通りにしていると御幸がかえってきたのかなにやら言い合いのようなものが聞こえる。しばらくすると静まり、やっと開けていいぞ。と倉持の声が聞こえてドアを恐る恐る開ける。俺は帰るから、何かあったら電話かけろ。これ携帯。一週間ちゃんと約束守ったんだから返してもらっといたぞ。そういって手の中に携帯を入れられ、倉持は一人帰って行った。御幸・・・?恐る恐るそう呼ぶと御幸は悲しそうな顔をして私を見る。もう一度御幸・・・?と呼ぶとおいで。といって両手を広げられた。その中に恐る恐る入れば御幸は怖がらせてごめん。と弱弱しく謝った。
「もう、あそこでは働かないから・・・だから、もう怒らないで」
「うん、ごめん。もう怒んないから。」
「仲直り、しよ?」
「ん。じゃぁ仲直りのちゅー」
そういって触れるだけのキスをする。ふにっと当たるそれがやさしくて、暖かかった。深く深く絡まるキスも嫌いじゃないけれど、こうやってふにっと触れ合うだけのほうが何十倍も私は安心する。愛を感じるのだ。はむはむと唇を食べられるのも嫌いじゃないけど、ふにっと触れるそれが落ち着くのだ。
「あー、もうほんとごめん。余裕なくなってた」
「しってるよ。御幸がずっと不安になってたこと。でもね、お願いだから信じて。私は御幸の傍にいるから。いらないって言われるまでずっといるから。」
「言わないからそんな言葉。あー、ほんと、あんなこと絶対しねぇって思ってたのに、なのにいざお前の言うような野球と天秤にはかるときになったらほんとに野球とった自分が怖かったんだよ」
好きだって気持ちでさえ、嘘だったんじゃないか。そう自分を疑ってしまうほど怖かった。あんなに絶対ありえないと思っていたことを、迷わず選んだ自分がいることに驚いた。このままお前と一生離れたままなんじゃないかって思ったらすんげぇ苦しくて、そのくせやってることはともわなわないし、自分でも自分がわからなくて、怖かった。そういって少し震えている御幸の背中にそっと手を回す。
「苦しいことを、苦しいっていうのですら私たちは難しいよね」
悲しいも、うれしいも、なかなか素直になれなくて。いつも後悔してる。御幸と、もう終わってしまうかもしれない。さよならかもしれない。それが何よりも怖かった。仕事がなくなっても、また探せばいい。家がなくても、雨風しのげればどこだっていい。そう思えるのに、御幸が隣にいないことだけは、どうしようもないのだ。つらくて、かなしくて、苦しい。きっと、御幸も同じなのかな。
「いつかさ、ほんとに大事なものができたらお前は俺を置いてどっかいくんだろうな」
「ふふ。もし、御幸を捨ててまでわたしが守りたいものがあるとするなら・・・それはきっと私の命よりも大事なものなんだと思うよ」
「俺より大事で、お前が命までかけるもの、か・・・。」
「そんなものが存在するとは思えないけれど」
「愛されてるねぇ、俺。でもきっと、一つだけは存在してるよ」
そういって御幸は寂しそうに笑い、だってこの世界は広いからな。といって私に口づけた。ああ、今夜も溺れるのだ。この唇に。


世界よりも唇に食べられたい


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