短編 | ナノ




「君の作った抹茶のガトーショコラ、うまかったぞ。」
ニッコニコの鶴丸さんにそう言われて、はぁ、どうも。としか返せない。なんだこれは。
「えっと、なんで俺はここに呼ばれたんですか?」
「君が主の弟君だからだろう。」
差し出されたのは綺麗な箱だった。それの中には見覚えがある。全て俺が姉に送った手紙だった。
思い出って言うのはこの事だったのか。燭台切さんは元々俺自身にここにたどり着かせるつもりは無かったんだろう。俺を試すためか、あるいは他の誰かの目を欺くためか。お茶って言うのは鶴丸さんのことかもしれない。抹茶のガトーショコラ。
何となく言いたいことは理解出来た。しかし、これがどういうつもりでのお招なのか、それによって話は全然違ってくる。
「本題を話してもらってもいいですか?」
「主に帰ってきてもらいたいと、俺達は思ってる。君も目的は同じなんだろう?」
あっさりとゲロってくれた。おかしい。この事はこの本丸でとても重要度の高いものだ。彼らがそれに気づかないわけが無い。
そんなことを簡単に話す理由があるとすれば俺の目的を知っている以外考えられない。そしてそれを話したのは2回だけ。
「・・・稽古場の会話、盗み聞きしましたね?」
「おお!話が早くて助かる!」
この刀、悪びれる気がない。大きなため息をついて自分自身を落ち着かせる。この展開は予想してなかった。他の誰に手を貸してもらうか悩んでたけど、こんなにすんなりと味方が見つかるのは嬉しい。
「あなた方はよろしいのですか。歌仙さんの努力を踏みにじるかも知れませんよ。」
堀川に言われたことを思い出す。彼らにとって歌仙さんは絶対じゃないのか。
俺の言わんとしてることが分かったのか4人は顔を見合わせて鼻で笑った。
「確かに歌仙くんの判断は信用してる。」
「けど、あの刀だからこそ出来ないこともあると俺達は思ってる。」
「馴れ合うつもりはないが、居心地が悪いのは困るからな。」
「というわけだ。君も腹を括って俺達と一戦やろうじゃないか!」
なるほど。彼らにはまた別の考えがあるのか。ここにいられる期間は段々と減っていく。勝負をするなら今しかない。
鶴丸が俺の目を見て手を差し出した。俺はその手を強く握り返す。手をしっかりと握り合うと鶴丸はニヤリと笑い、さぁ大舞台の始まりだと告げた。

まず俺は詳しく鶴丸たちの知っている現状を聞いた。契約書のこと、それを審神者さまがどこかに隠し持っていること。それがある限り、歌仙さん達は何も出来ないこと。
「一応、俺の調べでは審神者の部屋に結界が貼ってある場所があってそこが怪しいんじゃないかと思う。」
「普通なら自分で持ち歩くのが一番安全だと思わないのか?」
「歌仙の主への愛情の深さを知ってるから、無茶はしないって思ってるんだろな。実際、俺ら以外は調べることにすら反対気味だ。」
なるほど。それならどうにか出来るかもしれない。服の中に隠されてたら風呂の脱衣時を狙うしかなかったからな。
結界については担当さんに聞いてみよう。多少無茶をさせるかもしれないけど、解除できるかもしれない。
それが無理ならその手の人に助けを求めるしかない。他所の審神者に掲示板でヘルプを出す。政府に見つかる不安があるが、ああいう所には必ずスペシャリストがいる。
兎も角、一旦その結界について調べるしかない。けど、審神者さまの私室に入り込む訳にも行かないし、どうするか。
「君があの女を誑かしてみるか?」
「いやいや、貴方たちに靡かない相手を俺がどうこうできるなんて思いませんよ。」
「あれは俺たちをそういった欲目で見ていない。」
「・・・どういうことだ?他人のものを奪うほど欲しているのに欲目がない??」
「あれにとって俺達は自分を着飾る飾り道具だ。」
「そんなことのために・・・?」
着飾る道具が欲しかったから、他人の家族を奪ったというのか?そんなことのために、姉はあんなに苦しみ、姉の言う『子供』たちは傷つけられてるのか。
「君がここに来てすぐ、短刀たちをあまり見かけなかっただろう?」
「ああ、見なかった。だから審神者さんに見てみたいと言った。安否確認が最優先事項だったから。」
「お陰でやっと短刀たちは手入れをされた。君が来る前は彼らは隠密に長けてる故に危険だと言われてな、君が連れ帰った加州と同じ状態だった。ここにいる貞坊もだ。」
「おかげで助かったぜ。」
「あんなに見た目が幼い短刀たちを?」
嘘だろ。男なら多少残虐性が強くても男だからと思ってしまう。だけど女が小さな子供に手を上げるなんて俺には考えられなかった。しかも加州と一緒ということはあんなにボロボロの状態で放置されていたという事だ。
俺は姉が優しい人だったから余計にそれが信じられなかった。小さな子供だった俺の手を優しく握ってくれる。全ての危険から俺を遠ざけ、平和な日常だけをくれた。優しくて、優しすぎて。
姉なら絶対にしないであろう行為をあの女はする。そうだ、そうでなければこの現状にはならなかった。そうでなければ姉が俺に助けを求めることも。
「太鼓鐘くん、少し君に触れても大丈夫かな?」
「へ?俺?」
「うん。君。」
「いいけど、どうかしたのか?」
許可を取ったので困惑してる彼を両手で抱きしめた。ええ?!と大きな声で彼が叫ぶけどそれを無視してぎゅっと抱きしめる。

折れてない。大丈夫。まだ誰も折れてない。
病院のベッドに体を預け、起き上がることも出来なかった姉が俺に手を伸ばした時を思い出す。
「ごめんね、ごめんね。」
「お願い、私の子供たちを、あの人を、私を」
「助けて。」
両目から涙を零し涙ながらに訴えられた。強い人だ。姉はとても強い人。脆さを上手に隠し、強くあろうとする人だ。その姉が泣いて見せたのだ。
これ以上姉から何かを奪わせてなるものか。
やっと見つけた姉の幸せを、奪わせてなるものか。

自分の中でもう一度覚悟が決まると太鼓鐘くんを解放してありがとうとお礼を言う。
お、おう。と戸惑いながらも一歩彼は後ろに下がった。真っ直ぐ彼らの目を見て大事なことを話す決心をした。
「俺がここに来れたのはこの本丸の元の担当をしていた彼が姉を助けて会わせてくれたのが始まりです。つまり俺の見方は元担当さんです。政府については状況が分かってません。」
「あの男、主に対して主従でもないのに忠誠心があったからな。なるほど、あいつは裏切り者じゃないのか。」
「ですが政府にこの現状を起こした元凶、もしくは関係者がいるはずです。なので俺が姉の弟だと知られたらそいつは俺や俺たちを助けてくれた担当さんを潰しにかかるでしょう。」
「ここにいるヤツらに協力を求めるのも難しい。この状況をひっくり返す作戦があるのかい?」
「あります。賭けにはなりますが、唯一の可能性が。そのためにもっと状況を知らなければいけません。」
俺の言葉を聞いて4人は驚いていた。それもそうだろう。この絶望的な状況で、それをひっくり返すなど難しいなんて言葉じゃ軽すぎる。
「必要な情報は契約書の確実な在り処。契約書さえあればそれを無効にする手段はある。政府を抑える手段も。」
「それが本当だとしたらすごいがな。」
「もちろん諸刃の剣ですよ。それを使えるのは1度きり。失敗すれば俺と姉の命はない。成功する可能性も低い。」



<<>>