短編 | ナノ




私の本丸はとてもいい本丸でした。まだ若い主となった審神者を刀剣男士さまたちが支え、育て、まるでひとつの家族と言えたでしょう。そしてだからこそこんな結末を迎えてしまったのでしょう。

15歳のまだ少年と言える彼がやってきたのは3年も前のこと。未成年だったが両親が他界して他に行く場所がなく彼は審神者になりました。
彼の両親を殺したのは時間遡行軍だと政府からこんのすけは聞いております。彼の目の前で交通事故を起こしたそうです。そのせいもあって彼は他人の傷に人一倍敏感になってしまいました。
刀剣男士とは戦うために存在するもの。だから怪我もする。手入れをすればそれは簡単に治り、また戦える。そんな存在なのに、彼はその事に酷く胸を痛めていた。
自分は安全な場所で彼らの帰りを待つ。その事に不満があった彼は自分も付いていくと刀剣男士様方に直談判した。しかしそれは許可されず、結局彼は安全な本丸で待つように自分の刀剣に説得されてしまいました。
刀剣さまたちは決して彼のことが嫌いだったとかそんなんじゃありません。ただまだ幼き男の子、何より戦のいの字も知らぬような平和な時代に生まれ育った子供。そんな彼を戦場に連れていくなど危険だと判断したのです。
必ず無事に帰ってくる。それが刀剣さまたちの口癖のようになりました。不安げに見送る彼に皆さんが同じ言葉を言います。彼はその言葉を信じてひたすら帰りを待つのです。
彼の刀剣さまたちは決して弱くはありません。3年も鍛え続けたのですから。それでも万が一があるかもしれな。そんな不安を彼は捨てきれなかったのです。
彼、審神者さまのご両親は信号を無視した車に跳ねられました。3人で出かけていたその日、偶然審神者さまだけ助かったのです。いいえ偶然、ではないですね。ご両親が守り、助かった命なので奇跡的に、との表現の方が正しいでしょう。
助かったことが良かったのか悪かったのか、私には判断はできません。ですがその出来事は審神者さまに大きなトラウマを植え付けました。大量に流れる赤色。それは彼の悲しみの色でした。
そう、彼にとってそれは自分の幸せを一瞬で奪ったものなのです。

ある日いつもの様に刀剣さまたちが出陣しました。その日突然新たな敵が現れ、部隊は壊滅ギリギリまで追い詰められました。
なんとか本丸に戻ってこれた刀剣さまたちでしたがあと一歩治療が遅ければ間に合わなかったかもしれないという程の怪我をおっていました。
彼は死ぬ物狂いで手入れをしました。初めて一度にそんなに大量の力を使い、彼の体は悲鳴を上げました。一度休もう。主の体がそれでは持たない。初期刀である歌仙兼定のそんな声も審神者さまには届きません。彼は震える手で手入れを続けました。また大量の赤色が自分から大切なものを奪っていかないように。
彼はそれから臆病になりました。軽傷でも撤退をするように指示をするようになり、戦績は悪くなる一方。
政府にも注意を受けましたが彼は聞く耳を持ちません。刀剣様たちも最初は心配性だからと好きにさせていましたが次第に不満を持つようになります。
歌仙兼定が最初にみんなを代表して優しく彼に言いました。
「主、心配なのはわかる。けれど僕達の本分は戦うことなんだ。心配をかけてしまったのは本当悪いと思っている。けれどもうあんなことにはならないから、僕らを信じてくれないか?」
そんな歌仙の言葉に彼は首を横に振りました。
「僕は信じた。歌仙が信じてって言ったから。歌仙たちの強さを疑ってはない。けど、予想外の出来事だってある。」
それが彼の言い分でした。消して間違ってはいません。予想外の出来事は常にあるもの。それにより望まぬ未来が来ることもあること。それでも歌仙さまたちは刀剣男士なのです。戦うことに意義がある。
それは悲しい、すれ違いの始まりでした。

歌仙兼定が説得に失敗したとほかの刀剣様たちに知れ渡り、その日から彼の元にはほかの刀剣様が説得に行くようになりました。
同田貫正国が思う存分戦わせてくれと言いました。彼は刀装が壊れるまでは思う存分戦っていい。ただし怪我をすれば帰ってくるようにと言いました。
御手杵が俺は刺すことしか出来ない。だからそれをしたいのだと言いました。彼は貴方の力は信頼している。思う存分戦ってくれて構わない。怪我をしない限り。ボロボロになるまで戦いたいのであれば演練に連れていきましょうと言った。
最後に初鍛刀の薬研藤四郎がやって来ました。
「頼む、戦わせてくれ。これ俺達の本分なんだ。必ずここに帰ってくると誓う。」
「どうしてですか?僕は戦を放棄はしていません。安全を考慮しているだけです。」
「これ以上大将がその考えを貫くなら俺達はもう大将には従えない。これは俺達の総意だ。」
「薬研、君は、君達は、僕が『将』として相応しくないと言いたいんだね。」
苦しそうな顔をした薬研藤四郎がその言葉に頷いた。彼は苦しそうに笑い薬研藤四郎に言う。
「そうだね。僕は君たちに『大将』なんて言われるような人間じゃないよ。でもそんな僕の所に来てくれたのは君たち自身じゃないか。そんな未熟な僕を、僕の神様は許してくれないのかい?」
「悪いな、『坊』。俺達はそんな優しい『カミサマ』じゃない。」
『坊』とは彼が審神者になりたての頃、彼らが呼んでいた愛称でした。そしてこの時薬研藤四郎が敢えて『坊』と呼んだのは審神者様にこれ以上は従えないという意思表示でした。
その晩、彼は本丸の私を含め皆様の揃った写真を抱きしめて涙を流しました。この時、私は何も言えず隠れてその様子を伺うことしか出来ませんでした。私がこの時、いいえもっと前に何かすれば違った未来はあったのでしょうか。

その次の日から刀剣様たちが動き出しました。彼らは手入れを受けずに続けて戦場に向かいました。軽傷帰還命令を無視するどころか戦場から戻ってもそのケガのまままた戦場に行きました。
やめてくれ。手入れをさせてくれ。せめてお守りを持ってくれ。審神者様は泣きながら懇願しました。それでも刀剣様達は止まりません。今止まれば一時は変われど本質は変わらぬと思ったからです。
ボロボロになり帰還した刀剣さまを審神者さまは泣きながら手入れをします。力を使い果たし、くたくたになり眠りについて次の日起きたらまた彼らは戦場に行っていたのです。その度に手入れをして、その度に傷ついて、永遠のループでした。
歌仙兼定様は刀剣様たちの意見を尊重しつつ、あまりやりすぎて審神者さまのお身体を壊すようなことはしないでくれと皆様にお頼みしました。
刀剣様とて消して審神者さまを嫌ったわけじゃありません。考え方の違いにすれ違い、ぶつかっているだけ。だから審神者様にお身体を壊して欲しいとは微塵も思ってはいませんでした。だからそれなりの加減はしていたのです。けれど彼らは分かっていませんでした。身体を壊していなくても、まだ十八という幼い審神者様の心がどれほど弱いのかと言うことを。
審神者様はある日手入れをすることをやめました。ふかふかの綺麗な布団に血だらけの彼らを寝かせました。応急処置だけをして、彼らを戦に行かせないようにしました。
それでも彼らは止まりません。怪我をしていない刀剣様が代わりに出陣しました。そうしてまたボロボロになって帰ってくるのです。審神者さまは無言で手当をして、怪我で発熱する薬研に徹夜で濡らして冷やしたタオルを取り替えていました。
ほとんどの刀剣が中傷以上になり、その本丸は機能をなくしました。演練にもでず、機能停止した本丸を怪しんだ政府が本丸に調査に来ることになり、そのことを審神者さまに私はお伝えしました。それでも審神者様は手入れをしようとはしませんでした。
三日後、政府は来ます。それまでに改善されなければ審神者様は捕まってしまいますとこんのすけは申し上げました。それでも審神者様はいいんだと首を横に振りました。
審神者様は本丸にある手伝い札全てに力を込めました。今まで溜め込んでいたお金で資材を購入しました。やり残したことを終えたあと、他の刀剣をかばい重症になり寝ている歌仙兼定の元にやって来ました。その日は政府がやってくる日でした。
「やぁ、主。どうしたんだい?」
言葉だけを聞けば変わりなく聞こえますが彼は片腕がない状態です。ふわふわだった白い布団が血だらけになっていました。まだ残っている手を握り、審神者様は歌仙さまとお話になりました。
「僕は審神者失格だと政府に捕まるのとになったんだ。それでも僕は君たちの手入れは僕がいる限りはしないよ。」
「そうかい。すまなかったね、僕がもっと上手くしていたらこうはならなかったかもしれないのに。」
「違うよ歌仙、僕が全て悪いんだ。弱虫でごめん。意気地無しでごめん。でも言い訳をさせてくれよ。僕は『人』だから君たちの気持ちを分かってあげれないんだ。君たちが『人』の気持ちが分からないように。」
「それでも僕は、君が愛おしいよ。僕の、『主』。」
「僕もだよ。僕もみんなが大好きだ、愛しているよ。だからお別れなんだ。父さん達が僕を愛してくれていたからお別れを選んだように、僕も皆を愛しているから別れを選ぶんだ。それだけは本当だから。」
「ああ、わかっているさ。どうか元気でいておくれ。僕にはそれだけで十分さ。」
「僕はもっと君たちの気持ちを分かってあげたいよ、歌仙。・・・僕が去ったら手伝い札を使って、使えるようにしてあるから。」
「ある、じ・・・?」
歌仙兼定は嫌な予感がしました。するりと解けられた手。その行先がどこかどうしてか彼は分かってしまいました。審神者様はさよならと言って駆け出します。歌仙さまは大きな声で誰か!誰か主を止めてくれ!と叫びました。動けぬ身体を無理に引き摺り必死に声を上げました。
その声を聞いて眠っていた刀剣様達は薄らと意識を取り戻します。一番に意識を覚醒させたのは薬研藤四郎でした。
怪我をした身体を引き摺るように必死に審神者さまを探します。ゲートの開く音が聞こえ、まさかと薬研様がそこに向かうとその中に踏み込もうとしている審神者様がいました。
「やめろ『坊』!!やめてくれ!!」
その声を聞き、彼は足を止めてゆっくりと振り返りました。
「行かないでくれ、頼む、頼むからやめてくれ。」
「その言葉、僕は今までずっと言い続けて来ました。少しは僕の気持ちを理解してくれますか?」
「俺達が間違ってた!!もうあんなことしない!約束する!!だから、やめてくれ!!」
薬研藤四郎は嘘をついていませんでした。それでももう審神者様は止めれません。彼も嘘をついていませんでした。彼は刀剣様たちを恨んでそんなことをしようとしたわけじゃありません。歌仙さまに言った通りただ愛していたから、そうしたのです。
「いいえ、薬研。貴方達は何一つ間違えていません。全て僕が悪いんです。僕が分かってあげれなかったから悪いんです。だから、分かってあげたいんです。最後に。そして我儘だけど少しだけでもわかって欲しい、僕の気持ち。」
「いやだ、俺っちは『坊』以外の『大将』なんて要らない!!」
「大丈夫です。僕は審神者ですから、そんな簡単に死にませんよ。死んでも必ず此処に帰ってきます、だから信じて待っててください。」
行ってきます。その言葉を最後に審神者様は中に入ってしまわれた。後を追おうとした薬研藤四郎でしたが、審神者様によってゲートを封じられ、政府としか繋がらなくなっていました。
ちょうど来る予定だった政府がやって来て薬研藤四郎が今の出来事を伝え、急ぎ救出するように政府も動き出す。
審神者さまの残してくれた手伝い札を皆様が使い、急いで救出に自分たちも向かおうとした時、政府から連絡がありました。審神者様を発見したと。
審神者様は棺の中で穏やかな顔をして眠っていました。その手には戦場で拾ったと思われる歌仙兼定が握られており、彼は本当に刀剣様たちを理解しようと同じように刀で戦おうとしたのだとわかりました。
審神者さまは優しすぎたのです。優しすぎてとっくの昔に心を壊してしまったのです。



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