短編 | ナノ




私と鶴丸くんは幼なじみだった。両親が仲が良くて小さな頃からずっと一緒に育った。鶴丸くんの隣にいるのはいつも私。私から手を伸ばさなくても鶴丸くんは手を伸ばしてくれるし、いつも隣にいてくれた。男の子と女の子だ揶揄われることもあったけど二人とも気にしなかった。
鶴丸くんとはずっと一緒にいると思っていた。クラスだってずっと一緒。だって当たり前なのだ。彼が隣にいることが。当たり前だったから、彼以外の誰かが自分の隣にいることなんて、ましてや彼が私以外の誰かと一緒にいるなんて思いもしなかった。
小学校5年生になったとき、初めて彼に置いて帰られた。自分は遊んで帰るから、今日は別で帰ろう。そう言われた。私はどうして?と彼に聞いた。その時は純粋に疑問に思っただけ。遊ぶなら私も一緒にいくよって言おうとした。けど彼は困った顔をして、俺にも友達がいると言ったのだ。
それは、どういうことなのだろう?
「鶴丸くんは、ずっと一緒にいなくても寂しくないの?」
「君といるのも楽しいが、ずっとじゃなくてもいい。」
ショックだった。私には彼しかいなかったのに彼はそうじゃなかった。その事がショックで私はその日から2日寝込んだ。
夢だったんじゃないか?そう思いたかったけれど、寝込んでいる時彼は見舞いにも来てくれなかった。学校に2日ぶりに登校すると鶴丸くんはクラスの中心にいて、みんなの輪の中にいた。私に気づいた彼はおはようと声をかけてくれたけど隣には来てくれなかった。
彼はもう私から離れてしまったんだ。そう理解してしまったらその夜涙は止まらなかった。お母さんに頼んでもう2日休んで、土日のお休みも合わせて4日休んだ。その時にこれからどうするのかひたすら考えた。漫画の中で失恋した女の子はよく髪の毛を切っていた。真似をして自分で切った。
ぐしゃぐしゃになった髪の毛を見てお母さんは悲鳴を上げた。何があったのと心配してくれて美容院にも連れていってくれた。散らばっていく元々は私の髪の毛だったそれを見ていたら鶴丸くんとの繋がりが切れていくようでまた少し泣きたくなった。バイバイ、私の大好きだった人。
髪の毛を切って登校したら色んな人に驚かれた。イメチェン?かわいいね。似合ってる。社交辞令の言葉にお礼を言いながら席に着くと久々に鶴丸くんが隣にやってきた。
「どうしたんだ?髪の毛を切るなんて。体調が悪かったんじゃなかったのか?」
「もう大丈夫。髪の毛はただの気分だよ。なんでもないよ。」
「なぁ、本当に何かあったんじゃないのか?」
「心配しないで、本当に何も無い。ほら、みんなが五条くんのこと待ってるよ。」
その名を呼んだ時、彼は目を見開いた。何かを言う前に違う子が彼を連れて行って話はそこで終了する。
他人になろう。私はそう思った。五条くんと呼んで、距離を取って、関係を全てなくそう。そしたらきっといつかこの悲しい気持ちもなくなると信じて。
五条くんと話さずに数ヶ月が過ぎて6年生になった。クラスは離れた。
6年生になるとお受験する子は勉強に励み、そう出ない私のような子は最後の小学生をめいいっぱい楽しんだ。修学旅行では仲良くなった女の子達と京都を巡った。たまに見かけた彼を遠くから見つめて気づかれる前に目を逸らす。
彼との距離は次第に大きくなった。小学校の卒業式、寂しくなるねと友達が泣いていた。私も寂しいけど、涙は出ない。あの夜、沢山泣いたから。
みんなが友達と写真を撮るために式のあとも体育館でガヤガヤしているのを横目に私は教室に戻る。私の思い出はそこにない。
こっそりやってきたのは5年生の時のクラス。私の机があった場所に立ち、そっと机を撫でた。そして彼の机があったところに行き、鉛筆で好きでした。と小さく書く。今は誰の席か知らない。知らない誰かさんごめんなさい。そこは私の恋の墓場なんだ。
教室に戻る途中で五条くんに出会った。
「春からも同じ中学だな。」
「そうだね、よろしくね。」
彼はどうやら知らないようだ。道一本を挟んだ私たちの家は中学校の校区が変わるのだ。だから彼と会うのはこれで本当に最後。
「今までありがとう。楽しかったよ。」
それが私が彼に告げた最後の言葉。

朝目を覚まして、見ていた夢を思い出して頭を抱えたくなる。昔の私は自分のことをお姫様か何かと勘違いしていたんだ。あんなイケメンが自分の隣にいることなんて有り得ない。あれは親同士が仲良かったからたまたま知り合えただけで、普通なら一生ご縁が無いような人だ。
朝から嫌なことを思い出した。今日見たあの夢は私の初恋、五条鶴丸という幼なじみだ。幼い頃の私は彼とずっと一緒にいることを何も疑っていなかった。普通に考えて私が一緒にいるなんておかしなことなのにそれに気づかなかったのだ。5年生の終盤くらいまで彼のことを縛り付けていた。本当にごめんなさい。だからもう二度と関わりません!!
私はすっかり大きくなって社会人になっていた。そこそこの会社に入ってそこそこの人と結婚してそこそこの人生をあゆむことを夢見ている。
幸いなことに上司には恵まれていて厳しいけれど優しい、頼りがいのある人だ。まあ既婚者ですけど。とっても魅力的でいい人だけど不倫なんて危ないこと絶対しないし、上司もするような人じゃないのでご心配なく!と母には断言している。様々な愛があるとは思うけも不倫は断固拒否です。
いつかそこそこの人と結婚するから待っててねって話したら母はいつかって言ってる人には一生ないのよと断言された。つらい。

本当に辛いことが起きた。結婚できないことより辛いことだ。みんなの視線が集まるその先には真っ白でキラッキラなそれがいる。嘘でしょ。あの夢は正夢だったとでも言いたいのか。
「今日からしばらくの間、他者との合同企画で一緒に働くことになった。みんな色々と協力を頼んだ!」
他者からやってきたのは男女合わせて5人。2人の女の子と3人の男。その男のうちの一人は何年もあっていなくてもわかる、彼だった。
「五条鶴丸だ、よろしく頼む。」
遠く離れた席にいる私でも分かるくらいのキラッキラ。彼は昔と変わらず、ううん昔よりまして綺麗になっていた。男の人だけど。
もう二度と会わないと思っていたのにこんな再開をするなんて。しかし気づいてるのも覚えてるのも私だけだ。合同企画メンバーでなければ彼らと関わることもないだろう。その間は飲み会不参加にしよう。古い傷だと思ってたのに未だに残ってるこれはきっと一生治ることのない病だ。

私の作戦はなかなか上手くいっていた。彼だけではなく同じ会社も含めた合同メンバーから距離を取って過ごしている。
そのおかげであれからは彼を見かけることも無くなった。あの見た目だけあって噂はあちらこちらで聞こえたけど。
どうやら五条くんと一緒に来たメンバーの中に彼女がいるらしい。いちばんかわいい子だった。うちでも大人気だ。彼を狙っていたみんなが悔しそうにしている。イケメンには可愛い子がお似合いだねって私は納得してしまったけど。
そんなこんなで合同企画は無事に終わり最後の打ち上げの日、パスするつもりだったけどさすがにそればかりは参加しようよと周りにも言われて渋々参加する。隅っこでひたすら大人しくしてその会が終わるのをひたすら大人しく待つ。
絶対に何も起こさないためにお酒も飲まずにいたら急に隣に誰かが割り込んできた。また誰かの悪ふざけかと隣を睨むように見るとそこには拗ねたような顔をした彼がいた。
驚きのあまり息を呑む。なんで、今まで一度も会わなかったのに。
「君、ずっと俺の事避けてただろう?」
「へ?!なんのことですか??」
「なんでそんなに他人行儀なんだ!酷いじゃないか!今日こそはってずっと待ってたんだぞ!」
ダメだこれは。頬も赤くなっているし、明らかに酔っぱらいだ。話が通じなさそうである。
「ええっと、酔われてます?彼女さん呼んできましょうか?」
自分で言った言葉に自分で傷ついた。彼女さんとか本当は呼びたくないし、顔も会わせたくないのに。
「君は俺にまたねと言った!それなのに君はいなかった!俺がどれほど傷ついたかわかっているのか!」
泣きつくようにうわぁんとわざとらしい声を出て私の膝の上に彼は倒れ込む。はっとして周りを見ると辺りは静まり返っていた。冷静になって考えれば今の会話は私が彼を捨てたように聞こえる気がする。またねとかまるで悪女のようなセリフだ。
周りからだから最近飲み会も来なかったのね。なんて声まで聞こえてきた。ちがう。誤解だ。
「か、彼女さんに誤解されるよ!五条くん、じゃなくて五条さん!」
「彼女なんていない!!前よりも酷くなった!!鶴丸くんって呼んでくれてたじゃないか!名前で呼ばなくなった次はどんどん他人行儀になって、俺の事を弄んでいたんだな?!」
彼の言葉で周りは確定だね。みたいな顔をして私を見る。だから思わず大きな声でただの幼なじみです!と言ってしまった。中学で学区が別れてそこから会っていなかった旧友ですと説明すればみんな少し疑いつつも納得してくれた。
いつの間にか五条くんは私の膝の上で幸せそうに眠っているし。何だこの状況。彼女さんと思っていた人すごい睨んできてて怖いんですけど。
その後が膝の上で爆睡している酔っ払いをみんな私に押し付けて帰って行った。彼の家なんて知らないのでホテルか自分の家に連れていくしかない。ここで普通ならみんな自分の家に連れていくのだろう。そうして漫画のようなヒロインになるのだろう。でも私はもう、そんなものになれない。
一番近いホテルがラブホだったけれどとりあえずそこに何とか連れていき、そこからは受付の人に事情を簡単に説明して部屋に連れていくのを手伝ってもらう。ベッドに寝かせて、手伝ってくれた受付さんにお礼を言う。お財布からお金を取り出してサイドテーブルの上に置き、書き置きもせずにその部屋から出て行く。もうプロジェクトは終わった。二度と会うことはないだろう。もう二度と、奥深くにしまった感情をこじ開けられることも、ないだろう。
こぼれる何かを無視してひたすら前だけを見た。私はヒロインになれない。あの日見た現実は、今も私の脳裏にこびりついている。


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