短編 | ナノ




木兎さんが。それが赤葦の口癖だった。例えば一緒に買い物に行こうと話した日。待ち合わせ場所に向かってる途中で赤葦からメッセージが届く。木兎さんが。それから始まって会えなくなるという内容。分かるだろうか、この私のストレスが。は?木兎さん?そんなに木兎さんが好きなら木兎さんと結婚すれば?
「もう!あったまきた!!」
「うるさい」
「蛍ちゃんは私の味方じゃないの!?」
「どうでもいいヨ。人の恋愛なんて」
「それが友達にいう言葉!?もー、ひどい!蛍ちゃんひどい!」
「うるさいっていってるデショ」
眉間にシワを寄せられたのでショボンとなり、黙ると蛍ちゃんは大きなため息をついて、というか蛍ちゃんって呼ばないで。と文句を言ってくる。今更それは変えようがないと思うよ蛍ちゃん。
蛍ちゃんは唯一恋人と共有の友達だ。同じ大学だった蛍ちゃんは授業で出会い、一つの年の差なんて気にせず仲良くなれた。ツンデレさんだからそんなこと蛍ちゃんの口からは聞いたことないけど、こうやって何だかんだで話したら聞いててくれるんだから蛍ちゃんも少なくとも友達とは思ってくれてると思う。
蛍ちゃんは、さ。バレー好きになれていいよね。は?別に好きでもないケド。うーそ。好きじゃなかったら大学に入ってまでやんないし。私は大ッ嫌いだからさ、バレー。痛いし、つまんないし。何が楽しいかさっぱりわかんない。けど、赤葦がやってるバレーは、なんでか好きだなって、思えたんだけどな。ふんわり、さっぱり、ここだ。この人だ。そういうの、なんか伝わってきたから心に響いた。勝て。勝て。って応援してた。けどきっと、今見に行ったら、きっとバレーなんてっていっちゃう。バレーなんて嫌いだっていっちゃう。
「バレーなんて辞めちゃえばいいのに、って思っちゃうよ」
「そんなふうに思ってたなんて知らなかった」
突然の第三者の声に驚いて振り返ると何故かそこには赤葦がいた。なんで。今日は約束なんてしてないはずだ。蛍ちゃんもこれにはビックリしたようで赤葦さん。と名前を呼んだものの言葉が出ていなかった。
どこから、聞いて。今見に行ったら、ってとこかな。知らなかった。そんなにバレー嫌いだったなんて。ち、違うくて。別にいいよ。好きじゃないことは知ってたし。今のは本音でしょ?
そう言われると言い返せなくて口をつぐんでしまう。どうして、そんな所だけ。一番聞かれたくない事だから蛍ちゃんに話したのに。バレーを否定したらきっと、この人は私を棄てる。そう分かってたのに。
「月島とのほうが楽だった?」
「蛍ちゃんがそんなんじゃないのは、赤葦が一番知ってるでしょ!」
「どうかな。俺はずっと"赤葦"で月島は"蛍ちゃん"なんだろ。」
別れようか。その言葉を理解するのに少し時間がわかった。蛍ちゃんが慌てて誤解をとこうとしたけど、私はそれを止めて赤葦に精一杯の笑を向けてごめんなさい。と謝った。あなたの大好きな人も、バレーも醜い嫉妬で嫌ってごめんなさい。って気持ちを込めて。
そのまま赤葦の隣を通り抜けて急いで大学を出る。目からは止まらない涙が溢れ続け、息ができないくらい胸が苦しい。好きで、好きで、大好きで。嫌いなバレーもあなたが好きだから、あなたのバレーだけは好きになれたのに、それすら、嫌ってしまうほど私は醜くて。別れようの言葉を聞いた時泣いてすがりそうになるほど情けない女です。でも、本気で、好きです。赤葦が、好きだった。


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