短編 | ナノ




その人の存在を最初に見たのは、入部したての一年の春。かなりの注目を集めていた。木兎さんに追いかけ回され、詰め寄られ、カマをかけて引っ掛けては逃げ出し、男女の差か、彼女の足の遅さか、その両方か、また捕まって詰め寄られる。最終的に怒って無視して木兎さんが凹み、泣きながら謝るのが決まった流れのようになっていた。
彼女と話したのは一年の夏休み。合宿に参加していた彼女は動き回り、仕事をこなしていく。真面目なんだなって思ってたらまた木兎に追いかけられてて、たまたま俺の方に逃げ込んで来た。俺を盾にするように隠れた彼女は木兎さんに練習に戻れと怒り、木兎さんはここにハンコ押してくれたら今すぐ戻ると言う。何のハンコだと思ってのぞけばそれは入部届けだった。なんで今更?と首をかしげると味方を見つけたと思った木兎さんがここぞとばかりに文句をぶつける。内容を整理すると彼女は部員ではなかったということ。でも手伝ってくれてるという。だから入部しろと木兎さんはいうのに頑なに了承しなくてもう既に2回目の夏が迎えられたらしい。
「木兎さん、ちゃんと理由に聞いたんですか?」
「教えてくんねーの!こいつ!!」
「言ってるじゃんか!バイトもしたいから部活はやらない、手伝いなら手が空いてる時ならするって!」
「そんなの聞いてねーし!」
「最初から言ってるのをあんたが聞かなかったの!」
たぶんそろそろストレスの限界だろう。次にきっと木兎さんが凹む言葉を選ぶ。何度も聞いてる言い合いだからだいたいタイミングはわかっていた。凹むとやっかいだし、困るのは自分たち。それだけの理由。その時はそれだけの理由で彼女をかばった。
「木兎さんそろそろ行かないと先輩に怒られますよ」
「あ、やべ!」
「はーい、行ってらっしゃい」
「後で覚えとけよなまえ!」
去っていく木兎さんの後を追おうと一歩踏み出した時ほんとに小さな声でありがとう。と言われた。もしかしたら幻聴かもしれないと思うほど小さな声。でもそれは確かに彼女のもの。これが彼女との初めての会話だった。
「なまえ自主練付き合ってくれ!」
「いいよー。何人ぐらいでやる?」
「黒尾のとこわかんねぇけど、うちは赤葦と俺!」
「じゃあとりあえず六本ぐらいボトル持ってくるわ。先練習してて。」
「頼んだ!」
了承してないうちに勝手にメンバーに入れられたことにも驚いたけど、自主練習にまで付き合ってくれる彼女にはもっと驚いた。てっきり、そういうのは嫌がるかと思ってたのに。部活に入りたがらないわりに、そういうところ真面目なんだな。って思った。
「赤葦さ、私のこと観察するのやめた方がいいよ」
「へ?」
自主練習の休憩中、突然言われたことに驚いていると別になにか意味のある観察じゃないことはわかってるんだけどさ、そういうの面白がる人間がここに入るから。ネコとかね。そう言われると最近音駒の黒尾さんによく絡まれてる気がする。なんだと思っていたらそういうことだったのか。忠告ありがとうございます。とお礼をいうと驚いた顔をしてその後ふんわりと微笑んだ。
「最初先輩のこと普通にマネージャーだと思ってました。」
「よく言われる。卒業していった先輩にもお前まだ入部してなかったのかって言われてたし」
「なんで入部しないんですか?」
「もともと部活は入らないって決めてたから。お金貯めて、やりたいことあるし」
「嘘っぽい。」
「おい赤葦、お前」
「なにか、他に理由がありそう」
俺の言葉を聞くと先輩は困った顔をして俺の額にでこぴんをする。教えてくれないんだってすぐにわかったけどわからないふりをしてなんでってもう一度聞くと狡い後輩だな。って先輩は笑う。多分俺はこの時この人を知りたいと思って、恋に落ちた。

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