小さい頃は兄が大好きだった。何かにつけては後ろをついて行って、兄もそんな僕を突き離そうとはしなかった。それがホグワーツに入学してから一変、グリフィンドールで自由気ままに悪戯を繰り返し、家のことなど顧みない。遂には家を出ていき長男の責任を全て僕に押し付けた兄が大嫌いになった。しかし今思えば、あれは自分が拗ねていただけなのかもしれない。兄が急に遠くに行ってしまったように感じて、寂しかった。きっと正直になれば向き合えたのに、僕は子供だった。今よりずっとずっと子供だった。こうして冷静に考えていると、もう一度彼と話したくなる。一体いつから口を利いていないっけ、最後に笑い合ったのはいつだったか。今さら話したいと願ってもそれは叶わない。もう戻れないところまで僕は来てしまった。

「…行こう、クリーチャー」

 ブラック家のロケットをポケットの中で握り締め、僕は一歩踏み出した。


拝啓、どうしようもなく駄目で自由な兄さん


 死ぬことは怖くない。奴に一矢報いる為なら何だってできる。暗い洞窟の中、海水に囲まれた小島の上にある水盆の底にはスリザリンのロケットが沈んでいた。ヴォルデモートの分霊箱のひとつだ。成程、毒液を飲み干さなければ取れない仕様らしい。僕は躊躇いなくその毒液をそこに置いてあった器に汲み、喉に流し込んだ。

 こんな時でさえ思い出すのは兄のことだ、まったく煩わしい。たしか不死鳥の騎士団に入ったんだっけ、死喰い人の僕とは完全に敵同士。殺し会う日が来てもおかしくないのに、兄は何も思わなかったんだろうか。

「レギュラス、死ぬなよ」

 僕が死喰い人になったことを知って、兄はただそれだけ言った。どういうつもりで言ったんだろう、僕は今でも分からない。

 隣でクリーチャーがおろおろしている。頭の中はこんなにクリアで冷静なのに実際立っているのがやっとだ。毒液というだけあって、これは、効くなあ。ブラック家のロケットをクリーチャーに渡し、僕は水盆の縁に手を突いて体を支えた。あと少し、だ。僕の役割はこの毒液を飲み干すこと、分霊箱の処分はクリーチャーに任せてある。そうして最後の一滴まで毒液を体に収めると、僕はその場に倒れた。ああやっぱり、僕は死ぬのか。力が入らない体は勝手に水辺まで転がった。クリーチャーが分霊箱を小さな手に握っているのが横目で確認できる。ゆらり、水面が不自然に揺れたかと思うと、亡者が僕の体を掴んで水中に引きずり込み、ぐんぐん底へと連れて行った。遠くでクリーチャーの叫び声が聞こえた気がした。ふと見れば、無意識の内に自分の右腕が水面に向かって伸ばされている。死ぬのは怖くないのに、生きたいと願う心がまだあるなんて。僕は小さく苦笑した。

 そういえば小さい頃に湖に落ちたことがあった。あの時はたしかそう、兄が助けてくれた。僕が必死で手を伸ばしたら、彼がしっかり掴んでくれた。今回は助けてくれる人なんていない。闇の世界に恐れをなした僕はヴォルデモートの命で消された、そういうシナリオでいい。分霊箱を壊して悪に立ち向かった孤高のヒーローになりたいわけじゃないから。

 さよならシリウス、僕のたったひとりの兄さん。

 沈んでいく僕を嘲笑うように吐き出した二酸化炭素がゆらゆらと上っていく。僕はいつまでもその気泡を眺めていた。もっと兄さんと話しておけばよかった、なんて少しだけ後悔しながら。


::Regulus Arcturus Blackに愛を込めて




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