神崎くんは最近変わったと思う。素行は相変わらずよくないし足癖だってすんごく悪いけど、なんていうかこう、やわらかくなった。優しくなったとはまた違うニュアンスで、周りの人間はそんな小さな変化に気づかないだろうけど、俺や城ちゃんはその変化をひしひしと感じていた。だって俺たちは誰よりも神崎くんの近くにいたんだから。


僕は君に恋なんてしない


 放課後、いつもならさっさと帰路に就く神崎くんが今日はなぜかそうはせずに教室で机の上に足を乗せヨーグルッチを飲んでいる。それはまるで誰かが来るのを待っているかのようで、この様子からすると本当に待ち人がいるらしい。何でもない風に白を切っているもののそわそわしているのが丸わかりで、俺と城ちゃんは目を合わせて笑った。神崎くんが待つ人物なんて一人しかいない、その人物こそ神崎くんを変えた張本人だ。

「何笑ってんだよ」
「ん?べっつにー。ね、城ちゃん」
「あ、ああ」

 神崎くんは訝しげに俺たちを見ながらもうほとんど空になったヨーグルッチのパックをじゅーじゅーと啜った。

「ねえ、帰らないの?」

 俺は少し意地悪な質問をしてみた。神崎くんは眉間に皺を寄せて、無意識なのかストローの先を噛み潰した。何も答えないのはたぶん、あの人を待ってるって認めるのが嫌なんだと思う。自分はただ放課後にヨーグルッチを飲んでいるだけだと、きっとそう言い訳したいんだ。

「よお神崎。待たせたな」

 やっとご登場だ、神崎くんの待ち人、もとい姫ちゃんはサングラスを押し上げながら机の前に立った。

「別にてめぇなんか待ってねーよ」

 くつくつと喉の奥で姫ちゃんは笑った。そう、神崎くんを変えたのは姫ちゃんだ。犬猿の仲っていうか石矢魔統一を巡ってのライバルだったから会うたびに睨み合って喧嘩ばかり引き起こしていたというのに、ある日姫ちゃんが神崎くんに告白してしまったんだ。当然神崎くんは困惑して、激怒して、気持ち悪がった。でもそうやって悶々と考えている内に気付いたらしい、自分も姫ちゃんのことが…って。神崎くんが"姫川と付き合うことになった"ってはにかみながら教えてくれたのは嬉しかった、他の誰にも秘密なのに俺と城ちゃんにはきちんと教えてくれたから。まあ秘密にしていたって姫ちゃんが露骨に神崎くんに構ってくるから周囲も薄々感づいてはいると思うけどね。それで、まあ、どこの少女漫画の展開だよってツッコミしたくなるほど反吐の出る茶番だと俺は思った。未だに二人は殴り合ったり本気で喧嘩もしているけど、姫ちゃんは神崎くんにとことん甘くなったように感じるし、神崎くんも満更ではなさそうで。しかもやることはやってるらしく、結局は上手くいってるカップルってわけ。

「ほら、神崎くん。姫ちゃんと二人で帰りなよ」
「こんなヤローと二人でなんて帰れるか!」
「悪いね、今日は俺バイトだから一緒には帰れないんだー。城ちゃんも、ね?」

 目配せすれば城ちゃんも俺に合わせて頷いてくれた。誰かが背中を押してやらないと素直になれないなんて、本当に面倒な性格だよね。舌打ちしながらヨーグルッチのパックを片手で潰して教室後方のゴミ箱めがけて投げ捨てた。パックは運よくごみ箱に収まり神崎くんは満足そうな顔をした。しょーがねぇな、なんて言いながら席を立つ神崎くん、本当は嬉しいくせに。

「じゃあまた明日な」
「うん、バイバイ神崎くん。…姫ちゃんも」
「おう」

 二人の背中が視界から消えて、俺はため息を吐いた。隠せないほどに自分は苛立っている。握り締めた掌に爪が食い込んで痛かった。俺の方が神崎くんの傍にいたのに。好きとかそういうんじゃなくて、ただ姫ちゃんに簡単に奪われたってのが気に食わない。だって俺はずっと、ずっと。

「…俺は一生、姫ちゃんを許せないかもな」
「姫川もわかってるんじゃないか、俺たちによく思われてないって」

 もしかして、城ちゃんも同じ気持ちなんだろうか、きっとそうだ。俺たちのほうがあんなに近くにいたのに、神崎くんを変えたのは姫ちゃんで、神崎くんのいろんな表情を引き出すのも姫ちゃんで。俺にはできないことをやってのけるあいつが羨ましくて、疎ましい。どうしてこんなにも、寂しく思ってしまうんだ。

 ああ、俺はこんなにも、神崎一という人間に執着しているのか、と。これは恋なんかじゃないって、俺はなぜか心の中で何度も何度も繰り返し自分に言い訳をしていた。




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