ゴーグルを奪われて唇を重ねられた、何度も啄むようにされて、俺は思わず小さく笑った。すると不動は眉間に皺を寄せて俺から離れた。
「なーに笑ってんの、鬼道くん?」
「…幸せだと思ってな」
「はは、何それちょーさみぃ」
夕食後、不動はよく俺の部屋を訪れる。それは俺たちが付き合っているからであって、だからと言っていつもそういうことをするわけじゃない。真面目にサッカーの話をすることもあるが、今日はいきなり不動が俺のゴーグルを取った。でもしたいわけではないらしい、したいのならもっと深いキスをしてくるからだ。
「俺にキスされてそんなにうれしーの?」
「いや、お前がいてくれることが嬉しいんだ」
最初こそ憎み合ったし絶対に許すものかと思っていたが、サッカーを通じて不動明王という人間の本質を見ることができた。不動も結局は影山にいいように利用されていたにすぎなかった。それに不動は俺たちと同じように純粋にサッカーが好きだ、チーム一人一人に合った作戦をいつも頭の中で練っている。言葉で伝えるのが下手だからみんなに理解されるのに時間はかかったものの、最近では普通に会話する程度にはなっている。俺はそんな中で、不動を好きになった。見かけによらずサッカーに対しては真面目で、真っ直ぐなところが好きだ。勢いで告白してしまったとき、はにかみながら「俺も、」なんて言われたときは思わず泣きそうになった。
幸せだなあと、つくづく感じる。こんなにも大切だと思える人ができて、俺は幸せだ。不動は奪い取ったゴーグルを興味深そうに眺めていた。
「鬼道くんが幸せならいーや」
「お前は幸せじゃないのか」
「んー、そういうのあんま分かんねーから」
心臓が鷲掴みにされる感覚がした。不動の目が俺を捉える、いつ見ても深い瞳だ。
「そんな顔すんなよ」
「そんな顔?」
「悲しそうな顔」
不動が幸せが分からないなんて言うから。こいつはこの14年間どういう日々を送ってきたんだろう。俺も決して平穏とは言い難い日々だったが不動のは比べものにならないんじゃないかって思う。幸せが分からないなんて、言わせたくなかった。
「…幸せは分かんないけど、」
不動はふわりと俺を抱き締めた、俺より少し低い体温が心地良い。
「こうやって鬼道くんにくっついてると、これが幸せって言うのかなって思う、ずっとこうしていたいなーって」
俺は不動をきつく抱き締め返した、俺もずっとこうしていたい、このまま何処かに消えてしまいたくなることさえある。壁が薄いから隣の部屋から笑い声が聞こえる。俺たちはただ抱き締め合った、二人だけ取り残されたようだった。
「不動」
「何だ?」
「好きだ」
「…うん」
「好きだ」
俺は馬鹿みたいに幾度となく好きだと言った、言った分だけこの想いが伝わればいいのに、幸福感を共有できればいいのに。
「鬼道くん」
何回目の好きを言い終わっただろうか、不動が俺の名を呼び体を離した。いつもは見せないような柔らかな表情で笑って、
「俺を好きになってくれてありがとな」
少し恥ずかしそうに言う不動が愛おしくて、やっぱり幸せで、今度は俺から不動にキスをした。眩暈がするほどに甘い、好きすぎて自分が気持ち悪い、幸せすぎて怖い、胸焼けがするほど好きだ。どの表現もしっくりこない感情が俺の心を占めている。
隣の部屋から笑い声、嗚呼いっそこのまま俺達を置いていってくれ。