「不動さん!」

 同じ部屋にいながら私に構ってくれない彼に声を掛ける。不動さんは私のパソコンに映った先日の自分達の試合映像から目を離さずに生返事をした。試合に勝ったって改善点はいくらでもあるようで、時折止めたり巻き戻したりしながらプレーを分析する。真面目な顔でサッカーに取り組む不動さんは好きだけど、恋人の私を放っておくなんてつまらない。二人でいるときくらい甘えたいし、せめて会話を楽しみたい。

「私、好きな人ができました」

 別れ話を切り出すときの常套句を口にする。どんな反応が返ってくるのか、不安と期待でドキドキしながら言葉を待つ。少しくらい戸惑うか、怒るかしてくれるかな。不動さんはあんまり素直に感情を表に出してくれないから時々怖くなる。何を考えてるのか、何を見てるのか。本当に私のことが、好きなのか。

「…ふぅん」

 短い沈黙の後、やっぱり画面を見つめたまま彼はそう答えた。そんなものか、そのくらいなんだ、私の存在って。さすがにちょっと寂しくて、私は俯くしかなかった。不動さんから告白してくれたのに、あれは罰ゲームだったのかも、無理矢理言わされたとか。私がひとりで浮かれてただけなのかな、だったら早く振ってくれればいいのに。いじわる。

「どこの誰だよ」
「はい?」

 ぱ、と顔を上げると不動さんとばっちり目が合った。パソコンからは試合の音が流れ続けている。椅子から立ち上がり、私の目の前に来た彼の眉間には皺が刻まれていた。不動さんは舌打ちをして、ふいと視線を逸らす。

「他に好きな奴ができたなら、あー…、無理に引き留めねえけど、誰なのか知っててもいいだろ。ムカツク、俺からお前奪うなら、一発殴る」

 居心地悪そうに言う、その反応が堪らなく愛しくて私はにやにやがこらえられなくなった。ちゃんと私のこと好きなんだ。ふふ、と声をもらした私に、不動さんはますます苦い顔になる。

「何笑ってんだ」
「すみません、はは。私が好きなのは不動さんですよ」
「……あ?」
「構ってほしかったので、ただの冗談です」

 クスクスと笑う私をすがるように抱き締めて不動さんは深い深い溜め息を吐いた。久し振りの好きな人の体温を感じて、私は更に嬉しくなる。

「お前まじ…そういう冗談やめろ……、心臓止まるかと思った」
「大袈裟ですよ」

 ぽんぽんと背中を優しく叩けば、私を抱き締める力が強くなった。

「不動さんって可愛い」
「明王って呼べよ、いい加減」
「それは私のセリフです」

 大抵"お前"としか呼んでくれないくせに。不動さんは私の肩を掴んで、ちゅ、ちゅう、と何度か軽くキスを繰り返した。身構える余裕もなく、私は目を開けたまま固まってしまった。

「春菜チャンの方が可愛いだろ、真っ赤になっちゃってさ」

 慌てて頬を手で挟む私を不動さんは笑って、また試合の分析を始めてしまった。振り出しに戻っちゃったなあ、また声を掛けてみよう。あ、でも次は私が名前で呼ぶ番だ。どうしよう、口を開いて、何も言わずにまた閉じる。ずるい、あんな簡単に、しかも自然に私の名前を呼んじゃうなんて。私は、いつもの元気はどこに行ってしまったのかというほど、小さく小さく彼の名を呼んだ。すると、呼ばれた本人は至極楽しそうな声色で。

「聞こえねえから、もう一回」




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -