吹雪と二人で歩いていたら突然手を握られた。驚いて立ち止まった俺に、吹雪も足を止めたが何も言わない。暖かな春の日差し、桜も見頃を迎えて実に綺麗だというのに。触れた手はそれを忘れさせるほど冷たかった。

「どうした?」

 俺はその手を握り返して尋ねる。道端で男同士手を繋ぐというのはなかなか恥ずかしかったけれど、そう簡単に離してはくれない気がした。

「風丸くんはすぐ、何処かに行っちゃうから」

 それは責めるような嘆くような呆れたような声色だった。言ってる意味が理解できずに俺はただ吹雪を見つめた。

「それこそ風みたいに、一瞬で消えてしまいそうだよ」

 ありえないことなのに、冗談話には思えなかった。吹雪があんまり真面目に言うから、俺は何と返せばいいのか分からない。刹那、強い風が吹き抜けて桜の花弁が攫われる。視界がピンクに染まって一瞬、ほんの一瞬吹雪の姿が掠れて見えた。あ、いなくなる。何故か直感的にそう思った。風が止んで視界が元に戻りまだそこに吹雪がいたことに言い知れぬ安心感があった。

「…ね?だから何処にも行かないように捕まえておきたかったんだ」
「吹雪だって、勝手に消えそうじゃないか」

 たとえば冬。雪景色に溶けるように吹雪は見えなくなるんじゃないかと。俺は冷たい吹雪の手を強く握った。

「馬鹿だね」

 吹雪が笑った。

「僕らは馬鹿みたいに臆病だ」

 笑いながらも手を離すことはない。ゆっくりと歩き出し、吹雪につられて俺も笑った。馬鹿みたいなことを考えている自覚はある。でも、いなくならない確証なんかない。

「怖いから、もうずっと手を繋いでいようか」
「ああ…そうだな」

 臆病な君が初めて、俺の手を握った春だった。






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