「お前ってホント、鬼道くんのこと大好きだよな」
「やきもちですか!」
たまたま、バスの席が隣になった。世界一を勝ち取った試合を終え、日本に帰国した後だ。稲妻町へ帰る道のりのバスで、俺と音無は隣同士に座った。たまたま、じゃないのかもしれない。俺が後方の窓際の席に座ったら真っ先に音無が俺の隣に腰を下ろしてきたんだ。別に嫌でもなんでもねぇから特に文句はつけず、そうしてバスは出発した。初めは賑やかだった車内も次第に静になり寝息が聞こえ始める。そりゃああんだけハードな試合をやったんだから当たり前だ。俺だって相当疲れてる、だけどなぜか眠気は一向にやって来なかった。何とはなしに隣に座る音無に視線を送るとばっちり目が合ってしまった。逸らすタイミングを逃した俺は冒頭のセリフを口にして、そしたら音無は目をキラキラと輝かせてこう返した。嫉妬なのか、と。
「…何訳の分からんことを」
「お兄ちゃんと仲良しな私にやきもち妬いてるんですね!」
「はぁ?」
よりにもよってソッチかよ。普通考えるなら逆だろ逆。
「大丈夫ですよ!お兄ちゃん、不動さんのこと前ほど嫌ってませんから」
「あっそ」
何が大丈夫なんだ、意味が分からねぇ。つまりなんだ、音無の目には俺が鬼道くんと仲良くしたそうに映ってんのか。勘弁してくれという風に俺は大きく溜め息を吐いた。
「……お前は?」
「へ?」
「お前は俺のこと、どう思ってんの」
「え」
「別に他意はねーよ」
冷静を装いながら内心焦ってた。他意はねぇとか、んなわけあるか。俺はたぶん、音無のことが好きだ。好きか嫌いかと聞かれたら、恐らく好きだと答える程度だけど。曖昧にするのは俺自身、自分の気持ちがよく分からないから。今まで人を好きになったことなんて、一度もなかったんだ。
「私は不動さんのこと、好きですよ」
「ふーん」
適当にそう返すだけで精一杯だった。ただ音無は人としてって意味で答えたのに、馬鹿みたいに心臓が速い。窓枠に肘をついて外を見やる。落ち着かねぇと、また何か口走って墓穴を掘る気がした。しばらく黙っていればようやく眠気がやってきて、俺は静かに瞼を閉じる。
「…あの、不動さん」
その声に微睡んだ意識が一気に引き戻された。あと少し、あと少しで眠れるところだったのに。俺は安眠を妨げられた苛立ちを隠さず音無を思いきり睨み付けた。しかし音無は怯むころなく俺と視線を通わせた。
「分かってます?」
「…何がだよ」
自分でも驚くほど不機嫌な声が出た。俺は足を組み替えると、音無は不満そうな、照れたような顔をしていた。
「やっぱり分かってない」
「だから何がだよ!」
音無はちょいちょいと手で俺を呼ぶ、耳を貸せというらしい。体を傾けると音無は口許に両手を添えて、俺の耳元でこそりと囁く。
「さっきの、告白だったんですけど」
離れていって、その言葉を理解したとき、俺はまた音無を直視できなくなった上に眠りに就くこともかなわなくなった。静かな車内で俺の心臓の音だけが煩く聞こえているようだった。