用具を片付け終えて一息吐く。マネージャー業というのは割りとハードで、今となっては随分慣れたものだけどやり始めた頃は大変だったなとしみじみ思い出す。勢いで入部したようなものだったのに、こうして世界大会にまで来て色んな人と出会って、いつの間にか私はサッカーが大好きになっていた。全ては円堂さんのお陰だな、と物思いに耽りながら外の水道で手を洗っていると、後ろでザリッと砂を踏む音がした。誰が来たんだろうと首だけ振り向いて確認してみる。

「ああ、不動さん。何か用ですか?」

 とりあえず不審者じゃなかったから安心して顔を戻す。石鹸の泡を洗い流しながら不動さんの言葉を待っても何も言わない。一体どうしたんだろうかと水道を止め、水が滴る手を振って後ろを向いた。途端、思い切り抱き締められた。しかし驚いたのは一瞬で、私は強張らせた体から力を抜く。こういうのは初めてのことじゃない。

「今回はどうしたんですか?」
「んー…」

 不動さんと付き合うようになってから、彼の意外な一面をたくさん知った。その内のひとつが、不動さんは甘えたがりというものだ。偶にこうして抱きついてくるのは、決まって嫌なこととか耐えられないことがあったとき。この人は甘えたがりのくせに甘えるのがとってもヘタクソで、しかも甘えられる人が私しかいないらしい。

「…疲れた」
「今日もお疲れ様でした」
「充電させろ」
「はいはい」

 きっと疲れただけじゃないんだろうけど言いたくないのなら追求はしない。誰かと意見が食い違ったか、必殺技が上手くいかないのか。私と付き合う前までは一人で抱え込んでいたのかと思うと、本当に不器用な人だなあと思う。

「お前がキスしてくれたら充電すぐ終わるんだけど」
「な、何言って…!」
「ジョーダンだよ」

 耳元でくすくすと笑う声が恥ずかしい。でもこうして私をからかう元気があるのなら大丈夫だと思う。その証拠に不動さんは私の耳にキスを落としてから体を離した。

「ははっ、耳真っ赤」
「誰の所為ですか…」

 耳を手で隠して睨んだって意味はない、更に笑われるだけだった。

「っと、早く行って夕飯の手伝いしなきゃ」
「トマト出すなよー」
「好き嫌い厳禁です」

 心底嫌そうな顔をする不動さんの腕を引っ張る。少し傾いた体に私は背伸びをして彼の頬に唇を押し付けた。

「これで充電満タンですよね!」

 何か言われる前にそう捨て台詞を残し、走って宿舎に戻る。幼稚なキスでも恥ずかしいものは恥ずかしい。不動さんのほっぺ柔らかかったな、なんて考えながら、夕飯の時に私の見てどんな顔をするのかが楽しみでならなかった。赤くなりながら顔を背けるだろうか、それともにやりと意味深に笑うだろうか。どっちにしても私は満面の笑みで返してやろうと心に決めて、厨房へと足を向けるのだった。




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