※イナゴ


 割られたサッカー部の看板、汚れてしまった旧部室。看板の割れ目に指を這わせると心がずくりと痛んだ。十年経った、あの日から十年。成長するには長すぎて、思い出にしてしまうには短すぎた。お陰で俺は外見は随分大人になったけど、中身は十年前と変わっていない。

「…全部封印されちゃったみたいだ」

あんなでかくて綺麗な部室に、整備の行き届いたグラウンド。練習場所を貸してほしいと走り回り、部員集めに苦労して、進入部員に目を輝かせたあの日常は、すべてこの原点に仕舞い込まれてしまった。そんな風に錯覚してしまうほど十年間に心が追いついていない。俺の心はずっと、ここに置き去りにされたまま。

「もう分かんないな、何でこんなこと考えてるんだろう、俺」

 腐敗したサッカーを変えたくてここに立ってるのに、どうしてこんなに泣きそうなんだろうか。旧部室の扉に手を掛けて、しかし開ける勇気はなかった。開けてしまえばもう、前には進めなくなってしまう気がした。俺はみんなが思っているような、強い男なんかじゃない。前向きで、一生懸命で、何度転んでも立ち上がれるような人間じゃない。俺が前を向いていられるのはいつだって傍に仲間がいたからだ。確かに今だって雷門の新しいメンバー、俺の教え子であり大切な仲間が傍にいる。だけどどうしても、十年前のあのメンバーを恋しく思ってしまう。

「…寂しいんだ」

 みんなきっと管理サッカーを見て苦しんでいるだろうし、俺たちのサッカーを取り戻したいと願って行動しているかもしれない。どんなに遠く離れたって仲間であることに変わりはないのに。背中を預けてくれるあいつらがいないと、俺はこんなにもちっぽけで、孤独を感じて。

「あ、円堂監督!こんにちは!」

 背後から天馬の元気な声がした。そうだ、俺は監督なんだ。歩き続けろ、立ち止まってる暇はない。振り向いて、いつものように笑ってみせる。

「おう、今日も元気だな!」
「はい!また放課後、よろしくお願いします!」

 一礼して走っていく後姿はまるで十年前の俺のようで。ただがむしゃらに生きていた日々に戻りたくなった。もう一度、俺たちの原点に目を向ける。何も変わっていないようで、あの頃とは何もかもが違う。失った時間を取り戻すことなんて不可能だ。過ぎていくものは思い出になるだけで。だったらやっぱり、前を向くしかないじゃないか。

「サッカー……俺たちのサッカー、やろうぜ」

 堪えきれず零れた涙を、一陣の風が攫っていった。




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