「見て見て鬼道くん!」
家にやって来た不動が俺の部屋に入るなり左手を目の前に突きつけてきた。近すぎて少し身を引きながら左手を見ると、その小指にはリングが光っている。
「珍しいな、お前が指輪するなんて」
以前、指輪は何をするにも邪魔だからあまり好きじゃないと言っていた。不動はピンキーリングを眺めながら笑う、至極ご機嫌のようだ。
「デザインに一目惚れして買ったんだー」
不動はソファーに座りながらうれしそうに言った。小さな石がひとつ埋め込まれているだけのシンプルな装飾、それが気に入ったらしい。
「だから明日からは昼飯質素にしねぇと、ちょっと奮発した」
中学生が持ってるお金でアクセサリーを買うとなると案外辛い出費になる。そして給食制じゃない帝国では弁当を持って行くか買って食べるしか道はない。不動は後者なのだろう。
「餓死するなよ」
「別に食わなくても平気なんだけどな、そういう時期あったし」
「今はちゃんと食べないとサッカーができないだろう」
まあどうにかなるって、と笑いながら指輪を優しく撫でる。ただの指輪にもう思い入れがあるらしい。不動は物欲がない方だというのに、デザインが気に入ったというだけで購入まで踏み切ったというのはおかしいような気がする。そんなものがほしいとも言っていなかった、しかし思いつきで衝動買いなどするような奴でもないはずだ。
「どうして指輪なんか買ったんだ?」
不動の隣に座り麦茶を渡しながら尋ねる。不動は受け取った麦茶を一口飲んで、また指輪に触れた。
「幸せとか運は、右手の小指から入って左手の小指から抜けていくんだと」
「ほう…」
「だから左手の小指にリング嵌めたら幸せが逃げねぇっつーわけ」
不動がそういう迷信のようなものを気にするタイプだとは意外だ。目で見たものしか信じない、それに少し前までは恐らく自分しか信じていなかっただろう。
「店員がそう言ってたんだけど、ま、騙されて買ってやったんだよ」
追求する必要もないか、人から貰った物でなければいいなんて、性格の悪いことを考えた。俺が何かプレゼントしたら、そんな風に大事にしてくれるだろうか。ふと、肩に心地良い重みを感じた。不動が俺の肩に頭を預けていて、俺から表情は伺えない。
「手放したくないんだ」
「何を?」
「…鬼道くんと一緒にいられる幸せ、とか」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるような言葉に、どう返したらいいのかわからない。
「こんなおまじないに頼ってでも、俺は鬼道くんとの幸せを逃がしたくねぇから」
淡々と言った不動の耳が赤くなっている、それが何だか嬉しかった。
「逃がさないさ、何ひとつな」
ピンキーリングが光る不動の小指に自分の小指を絡ませる。まるで約束するように、指切りをすると不動が俺の方を見てにやりと笑った。
「嘘吐いたら針千本呑ますからな?」
「肝に銘じておこう」
不動の左手を取り、その小指に口付ける。すると悪戯を思い付いた子供のように笑って、不動はその小指に自分の唇を押し付けた。