小鳥遊は俺の彼女だ、それは自信を持って言える、はずなんだけど、最近はその自信すらなくなってきた。確かに告白したときは好きって言ってもらえた、その日は眠れないくらい嬉しかったからよく覚えてる。でもそれ以来好きどころか好意を向けられた覚えがない。ただの男友達と同じ?もはや源田や佐久間より格下な気がする。
「佐久間ー、小鳥遊って俺の彼女だよな?」
「はぁ?何、自分がリア充ってことそんなに俺に自慢したいわけ?」
ああしまった、面倒な地雷踏んだ。佐久間は彼女いないわ鬼道くんが帝国に戻ってこないわで傷心中らしく、机に顔を伏せてぶつぶつ愚痴りだしてしまった。テスト一週間前で部活は休み、今は佐久間に数学を教えてやってる最中だ。
「なんだよ…リア充で頭もそこそこいいくせにまだそれ以上望むってか?」
「別にそういうんじゃねぇけど……そこ、二行目の計算から間違ってる」
どうして女子という生き物は集団で固まるのが好きなんだ。小鳥遊は面倒見がいいから友達も多くて、俺が話しかけようと思ったときにはもう集団の中心にいたりする。弁当食うにしろ移動教室にしろ、何につけても小鳥遊はいつも女子に囲まれていてなかなか近づけない。それに小鳥遊から俺の方に来ることもない。元々お互いメールをしょっちゅうするタイプでもないし、ここのところ同じクラスだってのにまともに話してもない気がする…。
「不動わかんねぇよ、何これ、こんなん知るかよー…」
「それ公式使うんだよ、覚えて…るわけないか、お前が」
「失礼だな」
「図星のくせに」
佐久間がぐっと押し黙ったから覚えていないのは本当らしい。めんどくせー奴だ、大体授業聞いてればテスト前にこんなに焦る必要ないってのに。初歩の初歩からやり直すのは辛い、主に泣き付かれる俺が。
「はあ…教科書見て自分で調べろ」
「こっちの範囲の教科書家に置いてきたー」
「お前勉強する気あんのかよ?」
さすがに佐久間も罰の悪そうな顔をした。とりあえず思い切りでこピンをかまして立ち上がる。
「俺、教室にあるから取ってきてやる。その間に次の問題でも解いとけよ?」
佐久間が下の問いに視線を移し、唸り出したのを見届けてから三つ離れた自分のクラスへと向かう。
「ねぇ、源田くんってかっこよくない?」
教室のドアの前に来て、中からそんな女子の弾んだ声が聞こえてきた。そういう話をされるとなかなか入りづらいが、仕方ないとドアに手を伸ばした時。
「優しいし背も高いし、確かにいい男ではあるわね」
それは小鳥遊の声だった。おいおい、小鳥遊まで会話に入ってんのかよ勘弁しろ。しかも源田をいい男って…優しくもないし背も低い男ですいませんねー。
「とか言っちゃって、忍は不動くんにしか興味ないでしょー?」
「ははっ、忍ちゃんって不動くん大好きだよね」
「…まあ、ね。誰よりも好きよ、一応」
驚きと共にドアを開けてしまった、馬鹿か。ガラガラという音に女子四名の視線が一気に俺に注がれる。俺は何ともない風に自分の机まで行き引き出しを覗き込む。
「あんた立ち聞きしてたわけ?」
小鳥遊が鋭い声でそう問い掛けてきた。
「でけぇ声でしゃべってるから廊下まで丸聞こえだっての」
目も合わせずの会話、ただ恥ずかしくて小鳥遊の顔も見れない。
「本当のことだから」
「あ?」
「さっきの、まじだから」
いつもはうるさい女子も黙って俺たちの素っ気ない会話に耳を傾けている。何だよこの空気、居たたまれねぇ。さっさと数学の教科書を手に取って佐久間のいる教室に戻ろう。ドアに手をかけて、しかしやめて小鳥遊の方を振り向く。
「テスト終わったらデートな」
小鳥遊が少し顔を赤くしながら縦に首を振ったのを確認して廊下に出た。途端に女子が騒ぎ立てる煩い声が廊下に響いた。見せつけんなだの、よかったねだのと、実によくしゃべる生き物だ。
そうして佐久間のクラスに戻れば、問題を解いているはずの人物はまた机に突っ伏していた。
「誰が寝ることを許可した?」
「だって全然わっかんねぇんだよ…」
佐久間はゆっくりと顔を上げ、俺を見て眉をひそめた。
「お前何で顔赤いんだよ、きめぇ……くそリア充が」
「さっさと問題解けアホ」
教科書を投げ捨て椅子に座る。テストなんか早く終わっちまえばいいのに、まだ始まってもないなんて。
「小鳥遊がお前に素っ気ないのは意地張ってるだけじゃね、どう見ても」
教科書をめくりながら佐久間は面倒臭そうに口を開く。
「素直に好きって言ったり、デートに誘うタイプじゃないだろ、小鳥遊は。気づいてやれよ彼氏のくせに」
公式を見つけ出し数字を当てはめ計算していく。途中のミスを指差せばなぜか舌打ちされた。
「帰ってもいいか?」
「はいはいすいません不動せんせー」
佐久間に本日二度目のでこピンをしながら、自分の頬が熱いのをひしひしと感じる。今度のデートで好きだと言ったら、小鳥遊はどんな顔するんだろうな?