※パロ


「お前ってもしかして実在する人物?」
「うん」
「名前は?」
「倉間典人」

 いつも俺は同じ夢で同じ人間に出会う。初めの内は俺が作り出した架空の人間だと思っていたけど、何度も話していて何となく違う気がした。尋ねてみれば案の定だ。

「俺は南沢篤志。これは俺の見ている夢だ」
「は?何言ってんの、俺の夢だよ」
「お前の夢でもあり、俺の夢でもあるってことか」

 信じがたいが、俺と倉間の夢は毎夜繋がっているらしい。知らない人間と夢を共有するなんて奇妙な話だ。

「…まあ、じゃあ、これからもよろしくな、南沢」
「ああ、よろしく」

 奇妙だけれど、こうして倉間と話すことがいつの間にか俺の習慣になっていた。

 目覚めたときに、俺はいつも夢の内容を完全に記憶している。一言一句忘れていないというわけじゃないが、日常生活のひとコマかのようにはっきりと覚えていて、それは恐らく倉間も同じだ。どうしてこんなことが起こっているのか分からない、きっと理由なんてないんだ。

 そうして俺は一日をいつも通りに過ごし、夜が来れば眠りにつく。夢の中で俺がいるのは、天井にひとつだけ窓がある正方形の白い部屋。その窓から見える空はいつも綺麗な青空だ。この部屋で俺と倉間は毎日他愛もない話をする。何度か話す内に倉間がまったく別世界の人間だということを知った。俺の住んでいるところより技術が進んでいるというか、まるでファンタジーに出てくる未来の世界のようで。よっぽど先の世界か、はたまた全然違う世界なのか判断できないが、とにかく俺と倉間は夢の中でしか出会えないというわけだ。

「倉間の世界に行ってみたいな」
「そうか?」
「お前のことがもっと知りたい」

 倉間は恥ずかしそうに「馬鹿じゃねぇの」と言った。本当に自分は馬鹿だと思う。夢で会うだけの人間を、好きになってしまったなんて。会えるけど会えない、いつ消えるか分からない繋がりに執着して、俺は一体どうするつもりなんだ。

「毎日一時間寝ればいいほうだったけど、倉間と出会ってからは睡眠時間が増えたよ」
「何で?」
「…お前に早く会いたいと思うから」

 倉間に手を伸ばし、左の頬にそっと手を添えた。初めて触れた倉間からは、ちゃんと体温が伝わってきた。

「南沢?」

 左目を隠す前髪を掻き上げてみると、いつもは見えない瞳が俺を真っ直ぐに見つめていた。

「…何だよ」
「いや、右目だけって不便じゃないのかな、って」
「左目が弱視だから右目でしか見ないようにしてるんだ。不便じゃないけどたまに距離感が分かんないかな」

 こんなに近くにいるのに、触れることもできるのに、どうして俺たちはこんなにも距離がある。

「どのくらい、遠いんだろうな。俺とお前は」
「え、目の前にいるじゃん」

 何言ってんだかって笑う倉間につられて俺も笑みをこぼした。手を引っ込め、温もりを逃がさないように拳を握ってみたりして。

「なあ、南沢の世界の空はあれと同じ?」

 倉間が指し示す天窓の向こうには、今日も晴れ渡る空が広がっていた。


「ああ、同じだ」
「だったら大丈夫、俺のとこも同じ空だから!」
「どういう意味だ?」
「空は繋がってるってことだよ」

 突然目が覚めて、俺は周りを見渡し倉間の姿を探した。もう夢から覚めていた。この瞬間がいつも嫌いだ、言い知れない喪失感が俺を襲う。寝癖のついた髪を撫で付けながらカーテンを開けた。朝日の眩しさに目を細める、あの部屋から見える空のように外は晴れていた。これを倉間も見ているのだと思えば、俺の世界も少しは愛せるかもしれない。大きく息をひとつ吐いて俺は窓に背を向けた。




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