「アイラブユーを夏目漱石は月が綺麗ですねって訳したんだ」
「ふうん、緑川は物知りだね」

 窓を隔てて見上げた夜空は生憎月も星も見えない曇り空だった。向かいに座る緑川はぱちんぱちんと伸びた爪を切りながら得意そうな顔をした。褒められることが好きらしくて、緑川は誰かに褒めてもらうために努力する傾向がある。まさに褒められて伸びるタイプだ。

「緑川はどう訳すんだい?」
「へ?」
「俺に向けてのアイラブユー、どう訳す?」

 みるみる顔を赤くするところが本当にかわいらしい。分かり易く単純で、けれど難解な思考を持っているような、緑川には不思議と人を惹きつける魅力があるように思える。右手の小指の爪まで切り終え、切った爪が上に散らばってるティッシュを丁寧に丸めてゴミ箱に捨てた。俺は答えを待って何も言わない。緑川は手持ち無沙汰になってしまい、爪切りを弄りながら少しだけ俯いた。

「…緑川?」

 口を開こうとしない緑川に答えを促すように名を呼べば、ちらりと俺を見やってまた手元の爪切りに視線を落とした。

「手、繋ごう…」

 ぼそりと言った緑川の手をお望み握ろうとすれば思い切り避けられた。

「今じゃなくて!」
「え?…ああ、つまり緑川が手を繋いだときは俺にアイラブユーって言ってるのと同じってこと?」
「そ、うだよ」

 成る程、緑川のアイラブユーは手を繋ごう、なのか。かわいい、まるで乙女みたいだ。そう思うと何だが笑えてきて、俺はクスリと声を漏らした。

「笑うなー…」

 馬鹿にされたとでも思ったのか、緑川は口を尖らせる。

「今度から手を繋いだら離したくなくなるなぁ、折角のアイラブユーだからね」

 言わなきゃよかったと愚痴っているけれど、俺は聞けてよかった。緑川の小さなサインをこれから見逃さずに済む。自分から好きだといってくれることはあまりないから尚更。緑川が小さく欠伸をこぼす。まだそんなに遅い時間じゃないけれど疲れているなら眠ったほうがいい。

「そろそろ寝ようか」
「ヒロトは?」
「俺も寝るよ」
「違う」

 緑川が何を言いたいのか理解できず、俺は首を傾げる。

「…ヒロトは、俺へのアイラブユーをどう訳す?」

 期待するような視線に俺は微笑み、身を乗り出して緑川の額にキスを落とした。

「これからも傍にいて」
「う…あ、…え?」
「これが俺のアイラブユーだよ」

 緑川は額を手で押さえながら口をぱくぱくさせたけど、すぐに幸せそうにへらりと笑った。

「分かった、ずっと一緒にいる」




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