※高校生


 今日も授業が終わって、友達と少し話した後帰ろうとすれば外は雨だった。そういえば午後には俄雨が降るって天気予報士が言ってたかもしれない。いつもほとんど外すくせに今回は当たったみたいね。鞄の中を探って、大きく溜め息をつく。こういう時に限って折り畳み傘を忘れるなんて。走って帰るのもいいけどやっぱり濡れるのは御免ね。

「うっわ、最悪」

 どうしようかと昇降口で立ち尽くしていたら、後ろからそんな声が聞こえてきた。私とまったく同じ心境を持った人物は、不動明王だった。

「小鳥遊、傘持ってねぇの?」
「持ってたらとっくに帰ってるわよ」

 不動は気怠そうにしながら私の隣に並んで空を見上げた。

「こういう時ってどっちかが傘持ってて、相合傘して帰るもんだろ」
「少女漫画の読みすぎよ」
「読んでねぇし」

 傘がないとは分かっているけどもう一度鞄を覗く。すると電子辞書を教室に忘れて来たことに気づいた。あれがないと予習に時間がかかる。西の空は明るいから暫くすればこの雨も止むだろう。辞書を取りに行くついでに教室で雨が上がるのを待つことにした。ローファーを脱いで上靴に履き替え教室へ向かおうとすると、なぜか不動も着いて来た。

「何であんたまで来るのよ」
「別にー」

 答えになってない返答にを聞いて、別に着いて来られても支障はないからいいかと放っておくことにした。教室に着いて自分の机の中を見ればやはり電子辞書があった。それを鞄に仕舞い窓の外に視線を向けてみたけど、さすがに雨はまだ止んでいない。不動は窓際の壁に背を預け携帯を弄り出した。私は気まぐれに不動の隣へ行って、ぼうっと窓の向こうを見つめた。こうして不動と二人きりになるのは随分と久しぶりな気がする。高校生になってから会話をすることなんてほとんどなくなっていた。

「お前さぁ、アイツに振り向いてやれば?」
 
 雨音に混じって不動の声が耳に届く。アイツというのはとある男子のことで、私のことが好きらしくそれは明らさまに話しかけてアピールしてくる。だから回りにも当然私が好かれてるってことはバレているんだけど、まさか不動にその話を振られるとは思っていなかった。

「私あの人に興味持てないんだもの」
 
 悪い人じゃない、背は高いし馬鹿じゃない、顔だっていい方だし面白い話もできる。だけどどうしてか、まったく興味がない、知りたいと思えない。あの人には悪いけど、彼の告白にイエスと答える日は絶対に来ないわね。

「キスする?」
「え、」

 不動の言葉を聞き返す前に私の唇は塞がれていた。何でこんなことをするのか、何でこのタイミングだったのか、何を考えてるのか分からないまま、唇は軽く重なり合っただけで離された。不動は顔色ひとつ変えず、呆然としている私をじっと見つめた。

「何となくだよ」

 何となくって、この男は何となくで付き合ってもない女にキスするのか。

「女タラシ」
「はぁ?お前にしかしねぇし」

 不動はまた携帯に視線を戻し、私も窓の外を眺めた。さっきの言葉がどういう意味なのか聞く勇気はなかった。雨が止み始めているけど不動は気づかない。私は窓に背を向けて空が晴れていくことに気づかないふりをした。もう少しだけこいつと二人でいたい、なんて考えながら、自分の唇に指先でそっと触れた。




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