今日は何か特別な日なんだろうか、外が微かに騒がしい気がするけれども窓を開ける権限は俺にはない。このマンションの一室には大きな窓、恐らくバルコニーに繋がる窓が一つある、カーテンはいつも閉められていて部屋の電気は一日点けっぱなし、もしくは一日暗い中過ごすこともある。

 俺が鬼道くんに軟禁されてから何日経ったんだろう、とっくの昔にそんなものを数えることは止めた、止めざるを得なかった。時計もテレビも何もないこの部屋で日付を知るなんて不可能なことだ。それにそんなものを知らなくたって困ることは何もない。

 鬼道くんはある日突然俺をこのマンションの部屋に連れてきて只一言「ここから出るな」と言った。説明も無しにそんなことを言われたって納得できなかった俺は外に出ようとして鬼道くんに殺されかけた。殺されかけたっていうのは大袈裟かもしれない、ただ痣が残るほど強く首を絞められただけだ。

 最初は鬼道くんに嫌われたんだと思った。だからこんなところに連れて来られたんだって。だけどそれは違うとすぐにわかった。鬼道くんが俺にいつもみたく普通に接してくれたからだ。ご飯も一緒に食べるし寝るときも一緒だし、毎日好きだって言ってキスもしてくれる。鬼道くんから愛されてるんだって感じる度に心が満たされていって、気まぐれにふるわれる暴力なんて苦じゃない、最早それすら嬉しいくらいだ。

 だからそう、俺は幸せなんだ。だけど鬼道くんは幸せじゃないみたいだ。だっていつも鬼道くんは悲しそうに笑って「ごめんな、ごめんな不動……こんな愛し方しかできなくて」って謝るから。俺が別に良いよって、幸せだって言えば言うほど鬼道くんは顔を歪める。俺は鬼道くんにそんな顔をさせたいわけじゃないのに。

 鬼道くんはきっと俺と一緒にいたら幸せになれないんだ。だったら俺がいなくなればいい。そうか、そうだ、俺がいなくなればいいのか!ちょうど鬼道くんは何処かへ出かけている。今の内に消えてしまおう。玄関へ向かおうとした足は途中で動きを止めた。もし部屋から出て鬼道くんと鉢合わせしたら意味がない、別のところから出よう。そうして真っ直ぐ大きな窓へ向かった。カーテンを開けると久々の太陽光に目が眩んだ。鍵を開け重い窓をスライドさせて裸足のままバルコニーへ出た。外の空気だ、懐かしい。祭り囃子の音がするから夏なんだと分かった。

 ふと空を見て、こんなに青かったのかと不思議に思った。空の色も忘れるほど長い間ここにいた感覚はしなかったんだが。よし、ここから出て行こう。この部屋はマンションの7階くらいだろうか、地面が遠くに見えた。俺は躊躇い無く柵に手を掛けよじ登る。後ろでガタンと音がした。顔だけ振り向けば酷い顔をした鬼道くんが立っていた。ごめんな鬼道くん、お前にそんな顔しかさせられなくて。俺は幸せだったよ。そうして俺はそのまま空へ飛んだ。でも実際飛べるはずもなく体は重力に従ってどんどん落ちてく。最後に聞こえたのは風を切る音と、俺の名を叫ぶ鬼道くんの声だけだった。




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