どうして心は見えないんだろう。俺は鬼道くんが考えていること全てを知りたいというのに。鬼道くんの心が分かればどれだけ幸せか。それについて熱く説明しても鬼道くんは苦笑いを浮かべるだけで何も分かってはくれない。

「心が見えないから俺たちは知ろうと努力する。その為にことばがあるんだ」
「分かんねぇよそんな難しいこと」
「気持ちをことばで表すのはとても良いことじゃないか」

 もしも心が見えたなら、ことばなんてまどろっこしいものはいらない。自分の思いの丈を余すことなく伝えられるし、相手のことも知れる。やっぱり心が見たい、鬼道くんの心を知りたい。そういえば、最近鬼道くんが俺を家の外に出してくれない。どうしてか理由を尋ねても鬼道くんは答えない。ああ、心が見られたらどれだけ良いか。

「少し出掛けてくる」
「何処に?」
「色々だ」

 ほら、また。俺は何も知れないままこの家に取り残され帰りを待つしかないんだ。あれ?どうして俺はこの家にいるんだっけ。どれだけ考えても思い出せない。

「お前を俺のものにする為に頑張ってるんだ」
「何の話?」
「もうすぐお前の存在をこの世界から抹消できる」
「それは善いこと?」
「だからお前は大人しく、この家で待っていればいい。分かるな?」

 分からない、分からないよ鬼道くん。だけど有無を言わせない雰囲気に俺は頷くことしかできなかった。

「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 ドアの鍵が掛けられた。勿論こちら側から開けることもできる。でも開けようとは思わない。ここから出て何処に行けばいいのか分からないから。リビングに戻り部屋を見渡す。外と連絡を取る手段も、外の情報を知る為の物も何もない。なぜ鬼道くんがこんな不便な生活を送ってるのかは知らない。分からないことだらけだ。一度だけ窓から外を見たことがあるが、何も面白いものはなかった。ただ、この家が高層マンションの高い階であり、ここが全然知らない土地だということを知った。ソファーに横になって目を閉じる。鬼道くんのこと、もっと知りたいな。



「ただいま。よく眠っていたな」
「…ん、きどーくん。……おかえりー」

 目を覚ますと俺は鬼道くんに膝枕されていた。いつ帰ってきたんだろう、気がつかなかった。

「明王、お前はずっと、ここにいればいいから」

 この家に来たときから鬼道くんは俺を下の名前で呼ぶようになっていた。誰も俺の名字を呼ぶ奴がいなくなったから忘れてしまいそうだ。えっと、たしかそう、ふどうだ。

「鬼道くんはさ、心が何処にあるか知ってる?」
「此処なんじゃないか?」

 と、鬼道くんは俺の心臓の辺りに触れた。そうか、此処か、此処に心があるのか。



 夜になって鬼道くんは睡眠薬を飲んで眠った。あれを飲まないとなかなか寝付けないのだと言っていた。眠りに落ちたのを確認して俺は鬼道くんと同じベッドから抜け出しリビングへ向かう。左の棚の奥にクロロホルムがあることは確認済みだ。前にあれで眠らされたことがあるから使用方法も知っている。クロロホルムを染み込ませた布を鬼道くんに馬乗りになって口に押し付けた。鬼道くんが異変に気づき目を開けたが意識が混濁していて抵抗らしい抵抗はできないまま気絶した。これで暫く目は覚めない。次に台所から果物ナイフを持ち出す。あとはまあ消毒とかあれこれ必要なんだろうけど面倒だからいいや。鬼道くんのTシャツを捲り上げる。俺の心臓がどくどくと速くなる。馬鹿みたいに興奮していた。手汗をズボンにこすり付けてナイフを手にしっかりと握った。たしか、心は此処にあるんだよなぁ、鬼道くん?ナイフの刃をずぷりと刺して、ずりずりと滑らせた。



 どうして、どうして、こんなに探しているのに、奥までちゃんと探しているのに。見つからない、見えない、何で何でなんで!

「…あー、鉄臭い」

 ベタベタになった手が気持ち悪いからシャワーでも浴びよう。だいぶ時間は経ったはずなのに鬼道くんは目を覚まさない、変なの。そろそろ起きてもいい頃なのに。

「心は此処になかったよ。鬼道くんの嘘つきー」

 べぇっと舌を突き出して、俺は風呂場へと向かった。鬼道くんが起きたらもう一度、心が何処にあるか聞かなきゃな。




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