※大学生
生活費が半分になるからってだけで女と同棲するってのは普通じゃない気もするが、そんな理由で俺と小鳥遊は同じアパートの同じ部屋に住んでいる。別に何の問題もなく暮らしていて、風呂上がりに下はジャージ上はキャミソール一枚の小鳥遊にも慣れた。おかえりって言うのも言われるのにも、慣れた。
「今日の夕飯なに?」
家事は基本交代制にしている。寝る場所は小鳥遊がベッドで俺は床に布団を敷く。あいつも一応女だから床に寝せて俺がベッドに寝るのは忍びない。
「今日は鍋よー」
小鳥遊は携帯を閉じてそう答えた。季節は春で桜が咲いてるといえど最近やけに寒くなった。鍋でちょうどいいかもしんねぇな。
「何の鍋?」
「さぁ」
さぁってどういう意味だと言おうとしたらタイミングよく玄関のチャイムが鳴った。小鳥遊は動く気配すらないため仕方なく俺が立ち上がった。穴から外を除いたら真っ暗で、恐らく外から手で押さえてるんだろう。怪しいと思ったがドアの向こうでクスクスと笑い声がするのでチェーンはしたまま鍵だけ外してドアノブを回した。
「…は?何でお前らうちに来てんだよ?」
「おー生きてたか」
「久し振りだな、元気か?」
そこにいたのは佐久間と源田で、二人ともスーパーの袋を持っている。さっさとチェーンを外せと催促する佐久間と和やかに笑う源田を招き入れると、小鳥遊がちょうど鍋とガスコンロを出しているところだった。
「案外早かったわね」
「そうか?あ、キムチ鍋にしたから」
小鳥遊はこいつらが来ることを知っていたような口ぶりだ、何だよこの置いてきぼり感。
「実は不動を驚かそうと思ってな、小鳥遊にだけ連絡したんだ」
「面白いリアクションとるかと思ったけど、大したことなかったわね」
何だよそれ、と思いつつ豚肉のパックを開けた。四人でがちゃがちゃと準備をして狭いテーブルを囲み鍋パーティーが始まった。やっと酒を飲める年齢になったから発泡酒で乾杯をする。
「お前らどうやって来たんだ?」
「タクシー」
「この金持ち供が…」
肉ばかり皿に持っていたら小鳥遊が横からネギと白菜を入れてきた、てめぇは母ちゃんか。
「鬼道も呼んだんだが忙しいらしくてな」
「ふーん。そりゃ残念だったな佐久間チャン?」
「うるせーよぶぁーか」
少ししか飲んでないはずなのに既に呂律が回らなくなってきている、おまけに顔も赤い。こいつ酒に弱いのか、後で面倒なことになりそうだ、まじで。
「佐久間、あまり飲みすぎるんじゃないぞ」
「お前ら全然変わってねぇな」
「それは不動たちもだろう。…それで、二人はどこまで進んでるんだ?」
源田がにこやかに言い放った質問に危うくビールを吹き出しそうになる。小鳥遊は喉に詰まらせたのか隣で噎せていた。
「源田ァ、野暮なこと聞くなってー」
佐久間はにやにやと俺たちを見るし、こいつら何を勘違いしてる。どこまで進んでるも何も。
「俺らそういう関係じゃねーんだけど?」
一瞬空気が凍り付いたようになり、部屋には鍋の煮えるグツグツという音だけが聞こえていた。
「冗談…だろう?」
「……完全に酔い覚めたわ。呆れ通り越して怖いよお前ら」
んなこと言われる筋合いねぇし。小鳥遊はもはや我関せずという風に豆腐を口に運ぶ。
「だってお前ら高校ん時から一緒に住んでんだろ?それで何もないって病気だろ」
「大きなお世話だっつーの」
本当に、驚くほど何もない。お互いそういうことを意識しないから、いつの間にか二人での生活が当たり前になっていた。鍋の中が大分少なくなってきた、そろそろお開きか。
「そーいえば、源田って中学ん時小鳥遊のこと好きだったよな?」
「さ、佐久間ッ!」
見るからに焦ってる源田を見るとこっちまで恥ずかしくなってくる。そうか、源田は小鳥遊が好きだったのか、気付かなかった。
「へぇ、それは知らなかったわ。あの頃は男に興味なんてなかったから」
「じゃあ今は?」
「一週間前に彼氏と別れた」
その言葉に一番驚いたのは俺だった。
「それ俺聞いてねぇんだけど、まず付き合ってたってことから」
「言ってないもの」
こいつの恋愛に口出す権利なんてねぇけど、何も知らなかったことがなぜか悔しかった。小鳥遊は俺に隠し事なんかないとでも思ってたのか。いくら長い間一緒にいるったって他人には変わりないのに。うわ、何だよこれ、こんな気分になるなんて、俺は小鳥遊の全てを知ったつもりにでもなってたってのか。少し乱暴に、飲み干したアルミ缶を潰した。その後は源田のかわいい彼女の話になって、だんだん佐久間に酔いが回って手がつけられなくなりそうだったからお開きとなった。写メで見た源田の彼女は確かにかわいくて、源田と並んだら模範的のカップル像になりそうだった。タクシーを呼んで源田が佐久間を支えながら外に出る。
「二人とも仲良く元気にやれよ」
「お前らもな」
「またいつでも遊びに来なさい」
ほどなくタクシーがやって来て、佐久間を押し込むようにして源田も乗り込んだ。源田が一緒なら平気かな。
「お前らァ、次会った時は同じ名字になってろよバーカ!」
「おい佐久間、近所迷惑だ。…じゃあ、またな」
あいつ、あの酔っ払い最後にでかい爆弾落としやがって。微妙な空気になるじゃねぇかそんなこと言われたら。部屋に戻っても何となく話しづらい雰囲気のまま。小鳥遊が皿洗いをする音を聞きながら、俺はテーブルの上を片付けて布巾で拭いた。
「……生活費半分で家事も当番制でさ、いろいろ楽だと思わない?」
先に沈黙を破ったのは小鳥遊だった。
「私は案外この生活気に入ってんのよ」
「まあ、俺もだけど」
「だからあんたに彼女ができると困るってことが判明したわ」
ばちゃばちゃと水の跳ねる音、小鳥遊は普段の会話のように話を続けた。
「彼女とデートとかして帰ってこなかったら当番制崩れるし、結婚でもしてみなさいよ。折角の楽な生活が終わっちゃう」
「…そう…だな」
「だからさ、」
きゅ、と水道を止め、部屋が一気に静かになった。
「私たちが付き合っちゃえばいいと思うんだけど」
「………」
「嫌?」
「嫌、じゃ…ねぇ」
だったら決まりね、と小鳥遊は平然に言ったが、俺の心臓は煩くて仕方なかった。これは、耐えられない。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「ん、行ってらっしゃい」
足早に部屋を出て冷たい外気で頭を冷やす。空気が冷たい分、顔がどれだけ熱いのか気づかされる。
「情けね……」
道路にしゃがみこんで頭を抱えた。あんなことを言われて喜んでいる自分がいる、なんて。
「嬉しいとか、それって好きだったってことだろ?俺が、小鳥遊、を」
考えれば考えるほど恥ずかしくなって、これから今まで通り生活できる気がしなかった。
そして俺は知らない、小鳥遊がキッチンで同じように顔を赤くしているなんて。