「…へんみー」
「んぁ?」
怠くて眠い古文の授業に珍しく隣の席の小鳥遊が話し掛けてきた。こいつは古文の時半分の確率で寝てる、俺もだけど。授業中に私語として話し掛けられるのは初めてだった。俺の席は一番後ろの窓際だから先生の目を盗むのは容易い。
「あんた私のこと好きってほんと?」
「は、……はぁっ?!」
あまりの言葉に思わず大きい声が出ちまって教室にいる全員の視線を浴びた。俺は慌ててノートをとっているフリをした。幸いお咎めなしで授業は続けられた。
「…声が大きいわよ」
「いや、だって……それ、誰から聞いた?」
「不動」
あんのモヒカン野郎…後で絶対締める、んでもって三枚に下ろす。なんであの男にバレてんだ、俺か小鳥遊を好きだってことは誰にも言ってないはずなのに。この間「お前って分かりやすいなァ」とあいつに笑われたのはそういう意味だったのかちくしょう!気づいても本人に言うやつがあるかよあーまじであり得ねぇ。小鳥遊も授業中なんかに聞いてくんなっての、心臓止まるかと思った。
「で、真相は?」
今ここで言えってそれ何て羞恥プレイ?というか小鳥遊はさっきからまったく俺の方を見ない。先生に勘づかれてないようにしてるんだろうけどちょっとくらい見ろよ、結構重要な話してんだから。もしかしたら重要な話だって思ってるのは俺だけなのか。
「……別に好きじゃねぇよ」
何となく、嘘をついた。面白くねぇし元々告白する予定なんかなかったし。先生の抑揚のない声が教室によく響いて、周りの何人かの頭がフラフラ前後に揺れていた。
「なーんだ。不動の勘違いだったわけね」
「そうだよ」
小鳥遊と不動が仲良いのが気に食わねぇ。真・帝国の時から一緒だったってのを差し引いてもあの二人は特に仲が良い。うわ、すげー苛々してきた。右手に持ったシャーペンをくるくると回した。
「それは残念」
小鳥遊は頬杖をついて黒板をつまらなさそうに眺めている。手元には適当なページを開かれた教科書と、白紙のノートが広げられていた。教科書すら持ってきてない俺より幾分やる気あるよな。
「私は辺見が好きだから、両思いって期待したのに」
くるりと中途半端なところで回し損ねたシャーペンが机に落ちカタンと音を立てた。一気に何も考えられなくなった。叫んで走り出したい気持ちを抑えて机に顔を伏せた。寝る体勢をとったもののまさか寝られるはずもなく、最初から寝るつもりもない。ただ、今は小鳥遊の顔絶対に見れない。
「………ほんとは好きだ」
くぐもった声で告げた、顔が急速に熱くなるのを感じる。
「…別に今は良いけど、次は私の目を見て言ってほしいわね」
それっきり会話は途絶えた。しばらく伏していたら先生に起きろと注意され、ゆっくりと顔を上げた。授業終了まであと八分。シャーペンを手に持ってまたくるりと回した。横目に小鳥遊を見やればしっかり目が合ってしまった。逸らすタイミングを完全に失った俺は意を決して口を開く。声は出さずに口パクで紡いだ言葉、"好き"の二文字。小鳥遊は顔を赤くしながら「不意打ちしてんじゃないわよ…デコのくせに」と弱々しく言った。あ、キスしたいかも。