※125話後捏造


 俺たちの最後の試合が終わった。誰もが状況を把握できず、全員が全員スコアボードを見上げた。そこには一点差で俺たちが勝ったことが表示されていて、世界一になったことは紛れもない事実だった。ゴーグル越しにもはっきりと見えた、俺たちは優勝したんだ。抱き合って、言葉にできない歓声を上げ、嬉しさに鳥肌が立った。

「鬼道くん」

 差し出された右手に一瞬驚いたものの俺はその手をぎゅっと握った。ここまで様々な紆余曲折があったが、それがあったからこそ生まれた絆もあるに違いない。

「不動、……ありがとう」

 礼を言われ不動は少しだけ恥ずかしそうにしながら、しかし俺の目をまっすぐに見据えた。

「てめぇは最高の司令塔だよ」

 そんな言葉が聞けるとは思っていなくて、感極まり不動を思いきり抱き締めたくなった衝動を必死に抑えた。いや、仲間同士が喜びを分かち合うために抱き合うなんてよく見る光景だが、如何せん邪な事情があるとやりにくいものだ。

「俺たちが、だろ?」
「はっ、当たりめぇだ」

 その時、まさにその瞬間、俺は気づいてしまった。俺たちの最後の試合が終わったのだと。このメンバーでの試合は終わったんだ。長いこと一緒にいたから忘れていた。イナズマジャパンはこれから、元の生活に戻る。同じ宿舎で寝食を共にすることもなくなって、同じフィールドに立つこともない。毎日一緒にいたのに、毎日同じフィールドを駆け回っていたのに。

 突然何もかも、終わってしまった。


 俺たちは翌日明朝の飛行機で日本に戻ることになっている。夕飯はいつもより豪華で、みんな馬鹿みたいに騒がしかった。監督もいつもの仏頂面ではなく、まるで我が子を見ているような目で俺たちを眺めていた。俺はそんな中どんどん気分が沈んでいった。顔には出さないよう努めたが、どうしても悲しみが募る。なぜ、物語に終わりは付き物なんだろうか。サッカーに終わりはないと円堂は言ったが、"俺たち"のサッカーには終わりがあった。



「よぉ、待ってたぜ鬼道くん」

 風呂から上がり部屋に戻ると不動がいた、これで何度目か数えるのも億劫だ。

「まったく、人の部屋に勝手に入るなと何度言えばわかるんだ」
「まあ固いこと言うなよ」

 やけに人懐っこい笑みを浮かべるようになったものだ。昔と比べたら不動は随分と変わった、俺も人のことは言えないだろうが。円堂が、そしてサッカーが俺たちをここまで変えたんだ。

「それで、何の用だ?」

 不動は決して用もなく俺の部屋に来ることはない。いつも用なんかないと言うが、最終的には試合の反省点や次の作戦などについて話し合うことが多かった。よくチームを観察している不動の指摘は俺とは違う視点でなかなか参考になるものだ。ただ、今日はそれではないはずだ。もう次の試合なんてものはないのだから。

「飯ん時、鬼道くんが寂しそうにしてたから励ましに来てやった、とかな」
「寂しい?誰がそんな、」
「イナズマジャパンも終わっちまうからなぁ」

 このFFIが終わるとサッカー界は一段落ついて来年の準備に入る。つまりイナズマジャパンで試合をすることはない。俺たちに来年なんてない。

「別に会えなくなるわけじゃない」
「でもそう簡単に会えるわけでもねぇぜ?」

 分かってる。北は北海道から南は沖縄まで、イナズマジャパンは全国から集められているんだ。それにこれからは受験も始まる。サッカーをやる暇すらないかもしれないんだ。毎日やっていたサッカーが、なくなる、なんて。

「俺は、平気だ…」
「そうかよ。……俺は全っ然平気じゃねぇけど」

 見慣れた不動の横顔が見慣れない表情をしていた。手に持っていたタオルを首に掛けて隣に腰を下ろした。

「騒がしい奴らがいなくなるのはつまんねぇだろうし」

 改めて部屋を見渡すと、何とも言えない気持ちになった。

「早く起きろって言う口うるせぇマネージャーがいねぇと調子狂うし」

 俺は無意識に、床に置かれた不動の手に自分の手を重ねていた。小さく、本当に小さく震える手に喉の奥が熱くなった。

「何よりさぁ、」

 裏返りそうになる声。俺の右目から涙が零れた。ズッ、と不動が鼻水をすすった。

「鬼道くんに、……鬼道くん、と…っ……くぅ、」

 俯く不動の涙がフローリングの床を濡らす。ただ重ねるだけだった手をしっかりと指を絡めて握り合った。痛い、でも心臓の方がもっと痛い。

「俺はっ、イナズ、マ…ジャパンで……ずっと、サッカー、が…したくて」
「……俺もだ」

 そう返した自分の声は思った以上に震えていた。涙が頬を次々に流れていく。下唇をぐっと噛んだって何の意味もなかった。

「鬼道くんと、こうやって毎日、まい、にち……ぁ、ああ、」
「ふどっ、く、ぅ…」

 小さく声を漏らしながら俺たちはしばらく泣いていた。こんなに泣いたのは久しぶりだったし、こんなに堪えられない涙は初めてだった。不動とは会おうと思えばいつだって会える。でも違うんだ、そうじゃない。イナズマジャパンの生活の中で、イナズマジャパンの話を、こうして、ああもうわからない。とにかく、"今"を失うのが嫌なんだ。

「きどーくん…」
「…なん、だ」
「すき、すきなんだよォ、…ジャパンも、鬼道くんも、全部、俺は…好き、なんだ」

 終わりなんて来るな。明日なんて来るな。どんなに願ったって夜は明けていく。

「俺も好きだ、好きなのにどうして、どうし、て…」
「明日なんてクソ食らえ…ばぁか、」

 みんなも泣いているだろうか。馬鹿騒ぎした後に二度と戻らない日々を思い出して。明日を恨んで。

「今日、地球が終わってしまえばいいと思う」
「…ははっ、ちょーいい考えだな、それ」

 泣いたせいで腫れぼったくなった目が笑った。俺もきっと同じような顔になっているんだろうな。ちゃんと冷やして寝ないと他のやつらに笑われそうだ。でもその時は笑い返してやろう、お前こそ腫れてるじゃないかって。

 泣き虫たちが嫌う明日は、きっと普通にやって来る。俺たちの終わりを連れて。俺と不動は泣き止んだ後も、手を離すことはなかった。まるで"今日"をこの手に捕まえて離さないように、強く強く握っていた。




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