偶に、自分が何なのか解らなくなることがある。きっかけなんてものは無くて、突然自分を見失う。それはとても気持ちの悪いものだ。本当に俺は豪炎寺修也なのか、そもそも豪炎寺修也とは何なのか、何の為にここに生きているのか、一体自分という存在はどういうものなのか、そんな分けの分からない問答が頭の中をぐるぐる回り、段々自我が壊されていくようで。前に一度このことを鬼道に相談したら真顔で心配された、俺以外の奴らはこんなこと思わないらしい。これは本格的に精神科にでも行った方がいいかと考えることもあるが、一時的なものだし日に何度もそんな感覚になるわけではないからと今は放っている。鬼道に相談して以来誰にも話したことはない。心配されたいわけじゃないんだ、俺はただ誰かに「お前は豪炎寺修也だ」と証明してほしいだけであって。

「豪炎寺!」

 練習中に風丸からパスを受けようとして、違和感を覚えた。豪炎寺、とは何だ。俺のことか。俺は"ごうえんじ"なのか。俺は"ごうえんじ"なんだろうか、"ごうえんじ"って、ああ、何だこれは、自分は一体、今、何をして生きているんだ、何の為にここに立って、ああ、あああ、……あ、あ。

 はっと気付いたときには無意識のまま蹴ったシュートがゴールの枠を大きく外れていっていた。やってしまった、みんなが不思議そうな目で俺を見ている。

「ドンマイ豪炎寺!」

 声を掛けてくれた円堂に軽く手を挙げ、風丸に「悪い」と呟く。それから久遠監督に許可をもらって早めに練習から抜けた。こんな状態で練習を続けたって意味がない。とりあえず頭を冷やそうと近くの道をただ歩いた。しかしそれはあまり効果が無く、寧ろ更に俺を混乱させるだけだった。俺は一体何なんだ、どうしてこんなことを考えてしまう、頭がおかしいんだろうか、俺は、俺は、おれ、は…。

「っ、豪炎寺!」

 振り向けばそこには円堂の姿があった。走って追い駆けてきたらしく多少息が上がっている。

「お前、どうしたんだよ?何かあったのか?」

 頭の中ではやはりあの問答がぐるぐると回っていて、気付いたら口が勝手に動いていた。

「……俺は一体、何なんだ?」

 ほらみろ、円堂が困ってるじゃないか。当たり前だ、常人に理解できる思考ではないんだから。今すぐ逃げ出したかった、円堂からというよりも、この世界から消えて無くなりたかった。

「お前は豪炎寺修也だろ?」

 円堂は屈託のない笑みではっきりとそう言った。そしてゆっくり近付いてきて、俺はその腕の中に優しく閉じ込められた。頬に熱が溜まっていくのが分かった。

「いっつも大事なときに来るのが遅くて、すっげぇストライカーで、キスが下手くそで、抱き締めるとすぐ赤くなる」

 円堂は俺の顔を見て面白そうに笑う、きっと俺が予想通り赤くなっているからだ。

「お前は俺の大好きな、豪炎寺修也だ!」

 どうして円堂は、いつも俺のほしい言葉をくれるんだろうか。円堂が俺の存在を確認してくれたお陰で頭の中の問答は消えていた。円堂がいる限り、俺は俺でいられる気がする。例え誰かが"ごうえんじ"を忘れても、俺が自分を見失っても、円堂だけは俺を見つけてくれる、そんな気がするんだ。

 トクトクと伝わる鼓動が心地良い。夕焼けの中抱き締められたまま、俺はだらりと下がった自分の腕をそっと円堂の背に回すのだった。




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