「緑川は、俺を恨まないの?」

 そう尋ねた途端咳き込み出す緑川、飲んでいたドリンクが気道に入っちゃったかな。苦しそうな彼の背を二、三度撫でてやりながら、マネージャーの作ったおにぎりを一口頬張った。しかしみんなよく食べるなあ、この後の練習でお腹は辛くならないんだろうか。

「な…んで、俺が、ヒロトを恨まなきゃ、いけないん、だよ…」

 緑川はどちらかといえば察しのいい奴だから俺の言いたいことくらいすぐに分かると思ったんだけれど、まったく思い当たらないのか息を整えながら眉間に皺を寄せた。そんなに昔のことじゃない、むしろついこの間のことと言っていいくらいなんだけど。

「あ、俺の分のデザート勝手に食べたから?」
「いや、違うよ。…そんなに根に持ってたの?」
「えー、だってそれくらいしか思い付かなくて」

 平穏だと思う、こんな日が来ることを俺は望んでいた。と、同時に恐れていた。

「俺はグランで、君はレーゼだったろう?」

 緑川の呼吸が、一瞬だけ止まった。そしてその一瞬、怯えたような目で俺を見た。ほら、俺たちはいつだってその関係に戻れる。仲間になっても恋人になっても、主従にあったことを忘れることはできない。

「そんなの、終わったことじゃないか」
「だけどあれは事実だ」

 なかったことにはできない。俺は確実に、恨まれるべき存在だった。それは基山ヒロトになった今も変わらない。グランだった過去は、確かにあったんだ。

「黒歴史を掘り返すなよ、恥ずかしい…」
「俺を、恨まないの?」
「恨むわけないだろ」

 いっそ恨んで、罵ってほしかった。俺はそれ相応のことをしてきた。それなのに、どうして緑川は俺を許し、笑っていてくれるんだろう。

「俺はヒロトが好きだ。吉良も基山も、グラン様も」

 緑川のポニーテールが風邪に揺れて、頭の片隅で綺麗だなと思った。

「それで、十分なんじゃないのか?」
「……そうだね」

 なぜだかすんなりとそう言えた。過去のことにしてしまうにはまだ早い。けれど少しくらいなら、人間になっても許されるのかもしれない。こうやって自己嫌悪して、生きづらくしているのは俺だけだ。悲劇の主人公を演じるのは、もうやめてしまえ。

「俺も、緑川の全部が好きだよ」
「うわ…すごい台詞だな、それ」
「君もさっき同じようなことを言ったじゃないか」

 クスクス笑い合って、普通の恋人同士みたいに幸せで。俺がグランだったときは、こんな感情持ち合わせていなかった。何も知ろうとはせず、孤独の中、ただ父さんだけを信じていた。懐かしく思えるのは、こうして隣で緑川が笑ってくれるからだ。

「グラン様って呼んだ方がいい?」
「冗談よしてくれよ」

 俺はこの平穏を望み、壊れることを恐れる。でも今だけは、君を愛したってバチは当たらないだろうか。

「リュウジ、」
「え?」

 普段は呼ばない名を口にすれば驚いたように俺の顔を見た。赤くなった頬に一つキスを落とす。

「宇宙で一番、愛してる」




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