※小説ネタ


 オレはあの日、彼に闘技場で完膚なきまでに叩きのめされたあの時から、バダップが何事においても一番であると認めた。鼻骨を折られ、眼球を潰されかけ、オレでは適わないのだと理解し、態度には出さずとも敬いリーダーとして慕ってもいる。嫉妬する気持ちの方が随分と大きいけれどね。でも、どうやらそれだけじゃないらしく。オレはあの日から、先の尖ったものを眼前に向けられるのに恐怖を覚えるようになっていた。人に指をさされるのは前から嫌いだったが、今は嫌悪というより胃のあたりがぞわぞわとして鳥肌が立つ。いつの間にか息を呑んで、思考が一瞬だけ真っ白になるんだ。このオレが先端恐怖症なんて、情けない話だ。

「ミストレ、聞いてるのか」

 凛とした声にハッと気づく。薄暗い室内に十一名、円形の机を囲むように座るそれぞれの前にはモニターがあって、そうだ、チーム・オーガでの作戦会議中だった。残念ながらろくに話は聞いていない。途中からの記憶が曖昧だった。エスカバが口パクで"ばぁか"と言って、低レベルな挑発だけどそれにイラッとしたオレも低レベルなのか。

「少し考え事をしていたよ。ごめんごめん」
「集中しろ」

 その鋭い目を向けられると、どうにも動けなくなる。何だこれは、どうしてこんなにも息がしづらい。

「でもよ、バダップ。もう三時間もぶっ続けだぜ?そろそろ休憩入れねぇと集中もクソもねーよ」

 エスカバは存外頭が切れるらしく、また周りにも気を遣える男だ。バダップは円堂守を、サッカーを破壊することしか頭になかったようで、そうでなくとも彼に気遣いというスキルが備わっているかは甚だ疑問だけれども、メンバーを見渡すと"では十分間休憩をとる"と声に出した。皆、一気に緊張を緩める中、隣に座るバダップだけは姿勢を崩さないままだった。オレは座ったまま背伸びをした、骨の軋む音がする。長時間ディスプレイを見ていた所為か眉間がズキズキと痛む。不意に、バダップと視線がぶつかった。

「…何?」

 感情の読みとれない瞳を見つめ返すと、バダップが徐にオレの顔に手を伸ばした。あ、これは駄目だ。あの時の光景がフラッシュバッグする。このままじゃオレは、また、目を。バチンと音が聞こえて、自分の手がジンジンと痺れた。オレは無意識のうちにバダップの手を払っていた。心なし息が乱れる、いつも揺らぐことのないバダップの目が、手を払った瞬間だけ大きく見開かれた。

「何やってんの、お前ら」

 エスカバがそう尋ねて、我に返るとメンバー全員の視線を浴びていた。なぜ、オレは手を払った?分かるはずだ、今のバダップには戦意も殺意もないことくらい。それなのに、どうしてオレは、目を潰される、なんて。

「前髪にゴミがついているぞ、ミストレ」

 バダップはそう言っただけで、後は何も追求してこなかった。そしてオレは今、やっとわかった、すっかり勘違いしていたんだ。オレが怖いのは先端が鋭利なものなのではなく、バダップを思い起こさせるものだ。オレの目を潰そうとしたバダップを彷彿とさせるものに恐怖し、延いては、オレはバダップ・スリード自身を恐れている。闘技場で滴り落ちる血を記憶に刻み、眼前に迫る指先の風圧を感じたあの時に、精神の奥深いところに絶対的な恐怖を植え込まれた。このオレが、反撃する牙を抜かれただけではなく根源的なところまで砕かれているとはね。

「ふっ、はははッ、」

 笑いがこみ上げる。バダップが人の髪の毛に付いたゴミを取ってやるくらいの気遣いはできるという事実もなかなか面白いが、それよりもオレの負け犬具合に笑えた。いつかオレは恐怖のあまりバダップを殺してしまうかもしれない。……いや、それはないな。オレがそんな過ちを起こす前にバダップはオレを殺してくれるだろう。勿論、一切の躊躇いもなく、ね。




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