特に用もなかったが不動の部屋に行くと、ちょうどリストカットをしていた。実際に見るのは初めてだ。前に、手首に傷痕があるのを見たからたまにやっているんだろうとは思っていた。俺が入ってきても不動はその行為をやめようとも隠そうともせず、ただ一瞬だけ視線を寄越した。右手に持ったカッターの刃を左手首に当て、すっと慣れた手つきで動かした。刃が通った場所にぷつりぷつりと赤い玉が浮かんできて、俺は黙ったままそれを見つめた。

「知ってる?鬼道くん」

 もう一度刃を滑らせる、不動はどこか楽しそうに自傷行為を続けた。

「リストカットってさ、死にたいからするんじゃないんだぜ」

 更にまた傷を増やして、手首には新しい線が何本も引かれた。そうして満足したのか不動は少々乱暴にカッターを放った。血が手首を伝い不動のズボンに落ちてシミをつくる。

「…生きてるって実感したいから、するんだ」
「実感……?」
「だってさぁ、俺、いつの間にか気づかない内に死んでる気がして、」

 怖い、死にたくない、と不動にしては珍しく縋るように弱音を吐いた。いつも皮肉しか出ない口から恐怖する言葉が紡がれるとは思っていなかった。こいつはいつも気丈に振る舞っていながら、とんでもない不安を抱えていたらしい。

「鬼道くん、俺、消えたくない。死にたくないよ」

 "安心しろ、生きてるから"、そう言ってやりたいのに、俺は不動の手首から流れる血に釘付けになっていた。綺麗だ、今まで見てきたどんな物より綺麗に思えた。不動の左手を引き寄せ、赤い線が描かれた白い手首に口づけた。そのまま舌を這わすと不動がビクリと震えた。

「っ、ふぁ……、いッ!」

 まるで情事の時のような声を漏らす不動に興奮する。鉄臭い血の味も今は俺を煽る材料でしかない。ちう、と弱く吸ってみると不動はより一層声を出した。口の中には不味い味がすっかり広がっている。我ながらアブノーマルなことをしてしまったと自嘲しつつ唇を離すと、不動の泣き顔が目に入った。ポロポロとこぼれる涙が勿体なくて舐めてみるとしょっぱかった。

「痛いだろばか!鬼道くんのばかっ!」

 カッターで切る方が痛いんじゃないだろうか、やったことのない俺には知りようがない。

「生きてるじゃないか」
「は…?」
「痛みを感じるなら、生きてるだろ」

 何が気に食わなかったのか分からないが思い切りグーで殴られた。痛い、と思った。

 俺たちは今日も、生きているらしい。




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