渡せなかった。潜水艦が浮上した時にもらったせっかくのオフの日を一日費やして選んだチョコレート。少し奮発したのに、渡せなかった。誰にって、不動に。

「はぁ……」

 出てくるのは溜息ばかり。いつからこんな性格になってしまったんだろう。たかだかチョコを渡すだけだったのに、バレンタインデーだったのに。後悔しても遅い、今日はもう十五日なんだから。

 小さな紙袋から箱を取り出す。ご丁寧に掛けられたリボンを外し包装紙も破って蓋を開けた。途端に広がる甘い香り。中には何種類かのチョコが上品に並べられていて、私はその内のひとつを指で摘んで口に入れた。

「あーおいしい」

 捨てるのが勿体なくて結局自分で食べるなんて、負け犬の気分ね。

「旨そうなの食ってんな」
「び、びっくり、した…」

 あまり人が来ないような通路の隅でこそこそとしていたのに、誰が来たかと思えば不動で。隠そうとしたけど不動の目線は完全にチョコに向けられていた。

「何だよそのチョコ」
「友チョコ、昨日貰ったのよ」
「嘘吐き」

 その言葉にもうひとつ食べようとチョコに伸ばした手が止まる。何でこいつが知ってんのよ。もしかしたら鎌を掛けてるだけかも、だったら不自然に手を止めちゃった時点で私の負けじゃない。

「お前が買ってるとこ見た、珍しく休みだった日。それ、俺にだろ?」

 不動の証言の真偽は知らないけど、これが友チョコじゃないっていうのはバレてしまった。でも不動にあげるために買ったなんて絶対言いたくない、しかも渡せなかったんだから尚更。

「違うわよ、自惚れないで」
「へぇ……ま、いーや」

 ヒョイと私の手元にあったチョコは箱ごと不動に取り上げられた。

「ちょっと、返してよ!」
「お前はくれなくても俺は欲しいんだけど、小鳥遊からのチョコ」

 思考が止まる、この男は何てことを言ってくれたんだ。というかそんなのは昨日言いなさいよ昨日!私は不動からチョコを奪おうとした手をおずおずと引っ込めた。

「…ホワイトデーは三倍返しよ」
「りょーかい」

 機嫌良くチョコをひとつ口に放り込む不動が、この世の誰よりもかっこよく見えた。




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