「はい、これ鬼道に」
塔子が差し出したのは透明の袋にラッピングされたチョコチップクッキーだ。何というかすごく手作り感満載だけれど塔子にそんなものを貰うような恩を売った覚えはない。よく分からなくて受け取るのに少し躊躇した。
「鬼道ってクッキーとか苦手だった…?」
「いや!そういうわけじゃない」
やけにシュンとして言うものだから俺は慌ててそれを受け取った。だがやはり理由が分からず複雑な表情になってしまう。
「か、形は微妙だけど味は大丈夫。ちゃんと試食したから!」
「あー、違うんだ、そういうんじゃなくて。…その、どうして俺にこれを?」
塔子は俺の言葉を聞いて呆けた顔になる。何かおかしいことを言っただろうか。
「鬼道、それまじで言ってんの?」
「そうだが、」
「男のくせに無頓着すぎるよ、今日は十四日だ!」
十四日、二月十四日、その日付に思い当たることは一つしかなかった。
「…バレンタイン、か」
「そうそれ!普通忘れる?」
サッカーばかりやっていてバレンタインなんて頭になかった。こんな風に貰うというのもまったく想定外だ。というより、バレンタインだというのは理解したが、まだ分からないことがある。なぜ塔子が俺にこういう物をくれるんだろうか。
「……これ、手作りだろう?」
「うん。秋に教えてもらったんだ。溶かして固めるだけのチョコじゃアレだからクッキーにしてみたんだけど、なかなか難しくて」
俺の為に頑張ってくれたんだと自惚れていいのか。塔子の真意が分からない。
「それ、鬼道の分しか作ってないからこっそり食べてくれよな」
これは、そういうことなのか?俺はてっきり、塔子は円堂のことを、と思っていたのだが。考えれば考えるほど恥ずかしくなってきて、俺は自分の口を手で覆った。
「どうかした?」
「……これは、俺の好きに解釈していいのか?」
「え?」
「だから、このクッキーは俺の都合がいいような意味にとっていいのか、と聞いている」
俺ばかりが恥ずかしがって情けない。ここまで言っても塔子は意味が分かっていないようだ。もしかして俺の勘違いだったのか、だとしたらものすごく馬鹿みたいだ。クッキーを貰って浮かれているにもほどがある。
「都合がいいかは知らないけど、私が好きなのは鬼道だけだよ」
けろっと告げられた言葉に何も言えなくなる。赤くなった俺の顔を見て塔子は嬉しそうに笑った。