※帝国
人間は考える葦だと誰かが言った。ならば考えることをやめてしまったら人ではなくなるのだろうか。
影山総帥は尊敬できるお方だ。無茶なことを言うこともあるが、それは俺たちの120パーセントの力を引き出す為。俺は総帥を信じて疑わなかった。善悪なんてそんなちっぽけなものは関係なく、あの方は俺の全てだったんだ。
だけど総帥は御自分の手を汚してまで俺達帝国に勝利をもたらそうとした。それを知ったとき俺は失望した。勝つためなら手段を選ばず人を傷つけるのも厭わないことにではなく。俺達の、俺の力を信じて下さらなかったのが悔しかった。総帥が自ら手を汚さずとも俺達は必ず勝ってみせるのに。あなたの為ならば完全なる勝利を掴んで他を完膚なきまでに叩きのめし、サッカー界の頂点に君臨し続けるというのに。
「総帥は、人を信じたことがありますか?」
「…面白いことを聞くな、鬼道」
クツクツと笑う声が薄暗い部屋に響きぞわりと鳥肌が立つ。純粋な尊敬が畏敬や畏怖に変わったのはいつからだったか。
「己以外に信ずるに値するものなど無いとは思わないのかね?」
そのサングラスの奥の瞳を俺は知らない。何年も近くにいるというのに、俺はあなたのことを何も知らない、知らせてもらえない。
「いや、時によっては己も信じられんな…」
言葉のひとつひとつが重くのしかかってくる。信じてほしかったんだ。幼い頃から訓練したこの俺を信用してほしかった、心を許してほしかった。俺はずっと、あなたの特別になりたくて。それなのに総帥は、俺を結局他の選手と変わらない手駒としてしか見ていなかった。最高の作品だと言われ、人より多くを与えられて、すっかり自惚れていた。
「鬼道」
「…はい」
「お前は余計なことは考えなくて良い。帝国の勝利だけを考えろ」
「分かっています」
今までそうしてサッカーをやってきた、勝利だけを頭に置いて総帥に言われた通りに動いて。だけどそれは正しかったのか。俺は何を信じればいい。総帥が手を汚してまで掴んだ勝利に縋っていて良いのか。俺は初めて総帥を疑っている、自分で考えている。
「…では、失礼します」
思い出した、俺は自分で考えられることを。自分の足で立って生きていることを。そうか、そうだ。
俺は今、あなたに牙を剥きます。