ノックもなしに入ってくるのは円堂くらいだろうと思っていた。ノックをして返事を待たずに入るのは鬼道くん。この二人以外で俺の部屋に来る奴は皆無だ。だから突然開けられたドアに驚いたものの、ああ円堂かと思って床に座ったまま特に気にせず、読んでいたサッカー雑誌のページをめくった。パタンとドアが閉まる、が、何も言葉を発しない。それどころか動いた気配がしなかった。不審に思い入り口に視線を向けると、そこには予想もしない奴が立っていた。俺は雑誌を閉じてにやりと笑った。

「何だよ佐久間、俺に用でもあんの?」

 佐久間はぞっとするほど冷え切った目で俺を見ていた。好かれていないのは分かっていたが、ここまで敵意を剥き出しにされたのは初めてだ。もしかして、俺と鬼道くんで新必殺技を練習してるのが気に食わないのか?とんだ信者だな。佐久間は音もなく近付いてきて俺の側頭部を思い切り殴りつけた。まさかいきなり殴られるとは思ってなかったからろくな受け身も取れず俺は床に倒れる。一瞬意識が飛びそうになった、人に殴られるのは久し振りだ。佐久間は素早く俺の両手首を掴み、予め用意していたらしい紐で器用に縛った。

「うわ、佐久間チャンってこーゆーシュミあるわけ?」

 どうにか解こうと手を動かしたが擦れて痛いだけ。手が使えないためなかなか起き上がることもできず俺は下から佐久間を睨みつけた。

「無様だな、カス」
「てめぇふざけんな、さっさと解きやがれ!」
「ふざける?俺は至って真剣だ」

 佐久間は俺の部屋を見渡し何かを探した。目当てのものを見つけると手に取り俺の目の前に置く。スパイクだ、俺の、スパイク。

「勝手に触んじゃねぇよ!」
「よく吠える犬だ」

 佐久間はあろうことか俺のスパイクを履いた。何をされるのか予測がつかない、いつの間にか嫌な汗が伝っていた。

「お前には分からないんだろうな、不動」

 うつ伏せに倒れる俺の足下の方へ行く、俺からは見えない、何する気だ。足の指先に固い物が当てられるのを感じた。直感的に分かる、これは、俺の、スパイクだ。

「真・帝国の時、俺はお前の所為で足を失いかけた。その気持ちなんて知らないんだろ?」

 少しだけスパイクに力が籠められて俺は足をバタつかせた。ダンッ、と凄い音がして、佐久間が思い切り床を踏んだようだ、俺の足にも掠った。床を踏もうとしたわけじゃない、こいつは今、俺の足を踏みつけるつもりだったんだ。恐怖からもう、足を動かせない。足どころか、全身が金縛りにあったかのように動かなかった。

「い、やだ…足は、足だけはっ!」

 助けを呼ぼうにも誰か来る前に踏まれたら終わりだ。足は俺たち選手の命、生きてても足がなけりゃ死んだと同じ。俺にはサッカーしかないっていうのに、それを奪われたらどうやって生きていけばいいんだ?佐久間はまた俺の指先にスパイクを当てた、こいつ、本気だ…!

「俺はお前に一度殺されかけたんだ、そんな奴と一緒にサッカー?反吐が出る」
「やめろ、やめろよッ!」

 情けない声で懇願する俺は佐久間の言う通り無様かもしれない。段々とスパイクの底が足に食い込んでくる、それは至極ゆっくりと、じわじわ甚振るように。

「お前も俺と同じ痛みを味わえよ。なぁ不動、お前みたいな奴がサッカーして良いと思ってるのか?」
「いっ、や、めろ……ッ、」

 もう駄目だと思った瞬間、コンコンとドアがノックされ返事を待たずに開けられた。あ、鬼道くんだ、見なくても分かる。

「不動、新しい技の話だが……っ、な、何してるんだ佐久間!!」
「…何でもない」

 佐久間はすんなりと足を退かし、スパイクを脱ぐとその辺に放り出した。俺を憎悪の籠もった目で見下ろし何もなかったように部屋を出て行った。鬼道くんは佐久間がいなくなるとはっとしたように俺の傍に来て手首の紐を解き起こしてくれた。手首には赤い痕が残っている。

「大丈夫か?」

 体の震えが止まらないまま、さっきまで踏まれていた足に触れた。あと少し、鬼道くんが来るのが遅かったら、俺の足は、俺は。

「俺、足あるよな、鬼道くん、足、俺の足」
「ある、ちゃんとあるから、」

 俺はこの感覚を知っている、絶対的な恐怖、抗えない力。この感覚は影山の前に初めて立った時に感じた、底無しの恐怖と同じだ。あの低く嫌な声がフラッシュバックして、俺は何度も自分の朝を摩ってそこに足があることを確認した。そうやっていないと、まるで生きた心地がしねぇ。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -