「はい、お疲れ様」
「…さんきゅ」
今日の練習も終わり、頬を伝う不快な汗を手の甲で拭いながらフィールドを出るとドリンクを手渡された。そういえば全員に専用のボトルをつくったって言ってたな。
「それ、毒が入ってるかもね」
「は?」
俺が飲んだのを見届けてそういうから、思わず喉を押さえた。
「ふふ、冗談だよ。好きな人には意地悪したくなるって言うじゃない?」
「だからって間違っても毒なんて入れんなよ」
ブラックジョークにしては笑えない、可愛い顔をしておきながらこいつはよく似合わない冗談を言うから心臓に悪い。「入れないよ」と笑った、その表情が好きだ、口には絶対出さねぇけど。俺はこんなに綺麗に笑う奴を今まで見たことがなかった。性格は割とサバサバしていて、そういうところも気に入ってる。女ってのはネチっこいわすぐ泣くわと面倒なものだと思っていた。だけどこいつはある日突然思い出したように、「私、不動くんのこと好きだよ」と言ってきた。聞き間違いかと思うほど潔い告白で、「じゃあ付き合う?俺もあんた好きだし、ちょうどいーじゃん」と返せば「うん」と花が咲くように笑った。そこで初めて綺麗だって気付いた。
みんなにドリンクやタオルを渡す姿を眺めながら、彼女か、と。彼女だよな、付き合ってるんだし、でも何か違和感がある、慣れないんだ、誰かに好かれるということに。
「ボトル、回収するよ」
「……ああ」
「考えごと?」
「まあ、な」
「あんまり考えすぎるのもよくないよ」
いいな、こういうのも、有りだな、好きな奴と一緒にいられるのって、思ってたよりずっといいものだ。そこで俺はふと思い付いて、何も考えずそれを口にした。
「結婚する?」
「…え?」
どうして言ったかわかんねぇけど口に出した言葉は戻って来るわけねぇし、第一言ったことにあまり後悔していない。いずれ言うだろ、なんて確信があった。
「今すぐは無理だけど、もうちょいしてから」
「結婚……」
何も言わない微妙な間に、今更恥ずかしさが込み上げてくる。メンバーの奴らが整理運動をしながら談笑してる場で、俺は自分の彼女にプロポーズしたわけだ。どういう度胸だよ。
「いいけど、実家に住むよ?」
「え、まじ?」
「だってお父さん一人じゃ心配だし」
いやそっちに"まじ?"って言ったんじゃなくて、そっちもあるけどどちらかといえば"いいよ"って言われたことに驚いた。いいって言った、こいついいって言ったぞ。
「…つーかお前の父親、結婚とか許すか?」
横目で監督を盗み見る、この男が結婚を許すようには思えない、俺の性格とか知ってるから尚更。
「"いい男"を連れて来なさいって言われてる」
「だったら"いい男"になるしかねぇな」
「そうだね」
あいつの認める"いい男"って何だよ、円堂みたいな奴とか言われたら百パーセント無理だ。そん時は駆落ちするしかねぇよな。そう考えていたらこっちを見つめて思案顔をしている目の前の女の視線に気付く。どこを見てるのか分からなくてむずがゆい。
「…んだよ」
「んー、もう十分"いい男"なのにって思って」
「……そうかよ」
ひとつひとつの言葉がまるで毒のように俺の中を侵していく。それが全身を巡った後には、こいつが好きで仕方なくなってるんだ。毒を食わばって言うし、だから俺はずっとこいつと一緒にいられたら、とか考えてしまうあたりもう毒が回りきってるんだろうな。