コーヒーをカップに注いで部屋に戻ると、不動はパチンコ屋の前の自販機で買ったココアで暖をとっていた。服を買いに行きたいという不動のリクエストで昼の一時に外で待ち合わせていたのだが、会った途端「寒い、無理、鬼道くんち行く」と言って聞かないから、結局俺の家に来ている。本を何冊か買おうと思っていたんだが、まあ今度でも良いか。
ソファーに座る不動の隣に少しだけ距離を置いて腰掛ける。まだくっついて座る勇気なんて持っていない。しかし不動はそんな俺の思いを知ってか知らずか距離を詰め、カップを覗き込んだ。
「それブラック?」
「ああ」
「わー、そんなん飲んだらガンになるぜ?」
不動は苦々しい表情で自分の缶のプルタブを開けココアを喉に流し込んだ。実は甘党なこいつはよくコンビニスイーツを買って食べている。俺は別に嫌いじゃないがチョコレート系は甘すぎて苦手だ。ビターと書いてあっても大体騙される。
「どういう根拠だ」
「だって黒いじゃん」
天然なのかよく分からない発言をして、またココアを口に含んだ。真・帝国の時に比べたらよくここまで丸くなったなと感心する。
「いってぇ、」
「どうかしたか」
「逆剥けだよ逆剥けー」
不動は爪の際を見て顔をしかめた。
「親不孝だとなるらしいな」
「何に?」
「逆剥け」
「はっ、確かに孝行息子じゃねーや」
ケラケラと笑いながら不動はほら、と指を見せてきた。確かに赤くささくれ立っていて痛そうだ。
「実際は乾燥が原因でなるらしいがな」
「へぇ、鬼道くん物知りー」
俺はカップをテーブルに置き不動の手を取ると、そのささくれた部分に口づけた。指先はココアを握っていたお蔭かいつもと違って仄かに温かい。
「え、なっ、き、どーくん?」
困惑する声は無視して少しだけ舌を這わせると痛むのか指がピクリと動いた。態とらしくリップ音を立てて唇を離せば、怒りからか恥ずかしさからか顔を真っ赤にしていた。
「いてぇし…鬼道くんバカだろ……」
「お前が見せてくるからだ」
「だからってなぁ、」
「保湿すると良いらしいぞ」
不動は呆れたように溜息を吐いてささくれを眺めた。
「…今度ハンドクリーム買い行こ」
「絆創膏も買っておけ。それからささくれは爪切りで切った方が良い。放っておくとますますひどくなるからな」
「舐める必要なんもねーじゃん!」
「今更か?そんなこと初めから知ってる」
耳まで赤くなった不動に思わずにやけてしまう。存外のかわいい反応に満足しながら、俺はカップを手に取り少し冷めたコーヒーを啜った。