カーテンが開けられた窓から夕日が射し込んでいる。両親は仕事で今日は帰ってこない、夕飯は何を作ろうか、料理なんて久しぶりだ。確か、眼前のこいつはトマトが嫌いだったはず、どうにかして食べさせよう、カレーの中にでも仕込んでみるか。

「はは、何だよお前。こういうの慣れちまったわけ?」

 不動は現在俺を床に倒している、別にいやらしい目的ではない、決して純粋な目的でもないけれど。不動は俺を跨いで膝立ちし、俺の首に手をかけた。もう何度目かよく思い出せないこの行為、まだ両手の指の数で足りるほどの回数だとは思う。さすがに初めてされたときは戸惑った、いきなり首を絞められて動じないわけがない。徐々に手に力が込められていくが、まだそんなに苦しくも痛くもない。

「何で抵抗しないんだよ」

 確かに、不動より俺は体格が良いし力だってある、首から手を離させて突き飛ばすことも可能だ。だから一度目はそうした、それなりの力で拒絶した。でもその時俺は不動の表情を見て固まってしまった。不安か、恐怖か、小さく体は震え、目に涙を溜めていた。こいつは実はすごくメンタル面の弱い男で、精神的に不安定だ。周りの環境の所為でそうなってしまったんだろう。俺が思うに、不動はどうしようもないような悲しみや怒りや恐れを抱いて生きていて、それを紛らわすために俺にぶつけているんだ。二度目からは、不動のそれを甘受することにした。それで不動が少しでも安心できるのなら、俺はそれで良いと思った。

 そろそろ息がしづらくなる、不動の表情は逆光で見ることができない。最近では、不動に殺されるのも良いかという思いが頭をよぎる。まだまだやりたいことはたくさんあるけれど、不動が本気で"死ね"と言ったら死ぬと思う。不動の望みは何だって叶えてやりたい、間違っているのかもしれないが、これが俺なりの愛し方なんだ。

「何で、…何でッ、」

 ぽたりと、俺の頬に滴が落ちた。泣いているのか、不動。その涙を拭ってやりたくて、動きの鈍い手を伸ばし涙が伝う頬に滑らせた。すると不動は俺の首から手を離して立ち上がり、後ろの壁まで後ずさるとその場にへたり込んでしまった。突然肺に送り込まれる酸素に咳き込みながら俺は体を起こした。

「ごほっ、はぁっ、は、……不、動?」
「…何で」

 聞き逃しそうなほど小さな声で、不動は呟いた。

「何で、お前、こんな俺に優しくするんだよ」

 不動はまだ泣いているらしい、俯いているため顔は見えないが声が少し震えている。泣かないでくれ、お前に泣かれると、どうしたらいいか分からなくなる。

「好きだからだ」
「…ばっかじゃねぇの」

 馬鹿なんだろうか、お前のためなら死ねると思うのは、お前のためなら何だって捨てられるのは。それが世間でいう馬鹿ならば、別にそれでも構わない。ただ俺は、不動に笑ってほしいだけで。それでお前が幸せになれるなら、俺はどこまでだって馬鹿になるし、何度だって死ねる。夕日に満たされる部屋で、俺はただ不動の幸せを願った。




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