だんだんと空が薄暗くなる中、部室に忘れ物をしたことに気付き取りに戻ることにした。別に明日の朝取りに行ってもまったく支障はないが、折角思い出したのだし幸いまだ学校内にいる。少々面倒ではあるけれど俺は足を部室に向けた。鍵もろくに掛からない小屋、でもここが雷門イレブンの出発点なのかと思うと、つい最近まで帝国だった自分でさえ愛着が湧く。懐かしいな、春奈の為、総帥の為にとただ勝利だけを求めるサッカーをやっていた俺を救ってくれたのは円堂だ。本当にあいつはサッカー馬鹿で、どこまでも真っ直ぐで、だからこそ良いキャプテンなんだろうと思う。

 立て付けの悪い扉を開けると、豪炎寺が一人で着替えていた。そういえば全体の部活が終わった後、円堂と二人で自主練をしていたようだった。そんなことはどうだっていい、俺は今確実に豪炎寺に聞くべきことがある。ユニフォームを脱いだ上半身、そこら中にあるその傷は何だ、と。サッカーでできる傷じゃない、いくら超次元サッカーといっても傷の出来方が違う。だから問い詰めるべきだというのに、俺の口はぱくぱくと開閉するだけで音を発しない。衝撃だった、あまりにも、痛々しくて。それは明らかに誰かから暴力を受けた証拠だった。

「……どうした鬼道、そんな所で突っ立って」
「あ、いや………、」

 傷から目が逸らせずにいるとその視線に気付いたのか豪炎寺は表情を和らげた。

「ああ、これか」

 そうして腹部の酷い痣に、まるで愛おしいものに対するような手つきで優しく触れた。そのとき俺は直感的に分かってしまった、それが誰によってつけられたものなのか、本能的に分かってしまったんだ。

「良いんだ、これで、何の問題もない」
「豪炎寺、お前…」
「あいつは何も悪くない」

 ユニフォームを畳んで制服に袖を通しながら少し顔をしかめる、着替えるくらいで痛む傷で豪炎寺はサッカーをしていたなんて信じられない。見るところ治りかけの傷や古い傷跡がある、一体いつからこんなこと。

「どうして円堂にこんなことをされているんだ」
「………」
「答えろ、豪炎寺!」

 無言は肯定と同じ、やはりこの傷は円堂がつけたものらしい。詰め寄ればその肌に歯形や鬱血痕まで残されているのに気付く。もしかして。ぞわりと肌が粟立った。気持ち悪いからじゃない、これは恐怖だ。円堂への、純粋な恐怖。

「俺は円堂が好きで、円堂も俺を慕ってくれている。…ただそれだけだ」

 シャツのボタンを留め終えて学ランを羽織る豪炎寺の目に憂いなんてない。そうか、そうなのか、二人の間には他とは違う誰にも入り込めないような空気があった、それが何なのかやっと判明した。俺が頼りにしていた豪炎寺は、俺を救った円堂は、こんなにも不器用な愛し方しかできなくて、二人は、これまでもこれからも、そうやって。

「豪炎寺、帰ろーぜ!あれ、鬼道じゃん。何してるんだ?」
「…忘れ物をしてな」
「鬼道でも忘れ物とかするんだな。あ、一緒帰ろーぜ!」
「いい、……遠慮しておく」
「?…そうか、じゃあまた明日な!」

 円堂だ、いつもの円堂だ、何も変わらない。けれど豪炎寺を傷つけているのも、この円堂なんだ。豪炎寺が去り際に俺の肩をポンと叩いた。円堂の明るい声が遠ざかっていく。忘れよう、こんなこと、なかったことにしてしまおう。そうしないと俺はここで、このメンバーでサッカーなんかできない、この虚脱感は拭えない。そうだ、何もなかった。きっと大丈夫、それで良い、それが一番に違いない。これは自己防衛だ、正当な、絶対的な。明日からは全て元通り、俺達はただのサッカー馬鹿になれば良いだけだ。こんな記憶は、必要ない。

 日の暮れかかる空、俺は学校を後にした。あの赤黒い打撲傷や鬱血痕が頭から離れず、家に着くまで俺は、結局忘れ物をそのままにしてきてしまったことに気付きもしないのだ。




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