「不動くん不動くん」
食堂を出て行く直前、俺は木野に呼び止められた。他のメンバーはさっさと部屋に退散しちまってて、木野以外のマネージャーは厨房で皿洗いでもしてるのか食堂には俺と木野しかいない。木野はテーブルに何枚か残されている皿を重ねていた。
「何だよ」
マネージャーが俺に話しかけるなんて珍しいこともあるもんだ。メンバーはだいぶ話しかけてくるようになったがマネージャーと打ち解けた覚えはない。実際こうやって呼び止められたのは初めてだと思う。
「トマト、苦手なんだね」
木野が重ねた皿の一番上にはミニトマトが二つ残っていて、それは紛れもなく俺が食べなかったものだ。
「だめだよ、好き嫌いしたら」
「好き嫌いじゃなくて、それが食いもんだと思えねぇから食わねーんだよ」
「え?おいしいのに」
そう言って木野は徐に手を伸ばしミニトマトを一つ口に放り込んだ。咀嚼すると残りの一つも口の中に入れて、皿の上からトマトは消えた。自分が残したもんを他人に食べられるのは案外気恥ずかしく、俺は誤魔化すように舌打ちをした。
「人が残したもんなんか食べるなよ…」
「嫌なら次からは自分で食べてね。また残してあったら私が食べるから」
「何だよそれ」
木野はクスクス笑いながら厨房へ皿を持って行ってしまった。俺は一人深い溜息を吐いて部屋に戻る、何だか終始木野のペースだった気がして腹が立った。
そんなことがあったのが、確か三日前。目の前の皿にはミニトマトが二つ。
「んなもん食えるかよ」
俺は小さく呟いた。大体これえぐいんだよ、中身ドロドロしてて、味も気持ち悪い。好き好んで食べる奴の気が知れない。だけど今回残したらまた木野が食べるんだよな、それは嫌だし、子供を諭すみたいに"好き嫌いはだめだ"なんて言われるのも嫌だ。俺は仕方なく目の前のトマトに箸を延ばした。いっぺんに口の中に二つ入れて、少しだけ歯を立てると皮が破れ中身が出てきて吐きそうになった。急いで水で流し込むと口直しにとっておいたハンバーグと米をかき込んだ。あー気持ちわりぃ、トマト食ったのとか何年ぶりだよ。ふと、視線を上げると前方のテーブルでおかわりをついでやっているマネージャー達が目に入った。木野が可笑しそうに一人で笑っている。
「何が面白いんですか?」
「んーん、何でもないの」
すると木野と目が合って、また笑う、あいつ俺を笑うとは良い度胸じゃねぇか。
飯を食い終わって軽いミーティングの後解散となった。俺は一番奥の壁際の席に座っているから必然的に退室が最後になる。マネージャー達は三人でどこかに行ったから今日は絡まれずに済みそうだ、と安堵していたら木野が一人台拭きを持って戻って来やがった。そのまま隣を通り過ぎようとすれば呼び止められた、俺も止まらなきゃいいのに立ち止まってしまう。
「トマト、ちゃんと食べられるじゃない」
「うるせ」
「あはは、不動くんって面白いのね」
相手が女だから殴るわけにもいかず、俺は木野の頬を思いっきり抓ってやった。
「い、いひゃいいひゃい!!」
「バーカ」
手を離して、頬をさする木野を残し食堂を出た。まったく面倒な奴にトマト嫌いがバレたもんだ。とりあえず分かったのは、トマトは食いもんじゃねぇってことと、木野は変な女ってこと。ああ、それから、木野の頬は柔らかいってことだ。