にゃんにゃんパニック!
ふあ、と寝ぼけ眼をこすりながら部屋を出た名前は、朝食を取るべく階段を降りる。
今日の当番は自分ではないからいつもよりゆっくり寝られたのだが、どうやらそれがいけなかったらしい。
生活リズムを崩してはいけないとはこういうことだな、とひとり納得しながら扉を開けたそこには、この時間帯にはいないはずの人物が一人。
『あれ、ハンジさん?』
「おはよう名前、今日も可愛いね!」
「名前副兵長をナンパしないでください!」
シャー!と名前を隠すように立ちはだかったエレンに肩に苦笑しながら手を置き、彼の横を通って自分の席に腰掛けた。
ぱたぱた、と隣に座ったエレンを尻目に、名前はハンジから差し出されたコーヒーを飲む。
『珍しいですねこんな時間に。何か御用ですか?』
リヴァイが既にいるが彼に話しかけていないことから、きっとハンジは私を訪ねてきたのだろう。
こくん、と再びコーヒーを飲みながらハンジがニコニコと笑む。
「いやあ、名前に実験に協力してもらおうかと…というかもうして貰ってるんだけどさ」
『、は?』
もう?と口を開こうとした名前の体を、どくんっ、という不可思議な何かが駆け抜ける。
とっさに口を押えた名前は立ち上がり、走ってその部屋を後に。
ぽかん、とした一同だったがリヴァイが立ち上がり彼らに指示を飛ばす。
「いいか、てめぇらぜってぇそこから動くんじゃねぇぞ」
こくこく!と頷いて見せた一同を見ることなく背中を向けたリヴァイは彼女が消えた扉の向こうへ。
カツンカツンッと床を叩いていた彼女の足音が徐々に緩やかになるのが音で分かる。
リヴァイは先ほどまで音が響いていた場所を耳頼りに探り出し、一つの曲がり角の前に来る。
「名前、どうした」
『リヴァイさん…どうしたら…』
「見てもいいか」
『……』
名前からの返事はなかったが、拒否の言葉もなかった。
リヴァイは足を踏み出し、彼女の姿をその視界に入れると大きく目を見開く。
「な…」
『はえてきてっ…』
艶やかな黒髪の間からのぞく三角形の耳。
腰のあたりから生えている尻尾。
それは自らの意志を持っているようにゆらゆらと揺れているが、その揺れ方は不安げで。
名前を立ち上がらせたリヴァイは、自分の部屋に行くように指示した。
『、でも…』
「俺の部屋だったらそう簡単に誰も入ってこない」
『…分かりました』
お邪魔してます、と目を伏せた名前は、よほどショックだったのだろう。
覚束ない足取りでリヴァイの部屋のある方向にあるって行くのを心配そうな眼差しで見やっていたリヴァイは、はあ、とため息をついて自分は食堂へ引き返す。
こんなことの原因になったハンジに、文句を言い、制裁という名の暴力を下すため。
『はあ…』
来客用のソファに腰を下ろした名前は、自分の意志で思うように動く、というよりは勝手に動く尻尾を視界に入れて溜息をつく。
教団にいたころもこんなことをされそうにはなったものの、何とか回避していたというのに。
完全に虚を突かれた今回の作戦に、全く気付けなかった自分を叱責する。
『最近弛んでるぞー…』
へな、と元気なさそうにソファに垂れている尻尾。
神経までご丁寧に通っているらしく、軽く撫でれば感覚もある。
人間の耳もあるのに猫耳もついてるなんて、変な感じ、ともともとの耳のほうに触れた。
「名前」
『、リヴァイさん…』
「エルヴィンに事情を話して今日一日休み貰ったからな。今日はここでゆっくりしてろ」
『ぇ、でもリヴァイさんの邪魔に…』
「俺も今日は休みだ」
傍にいてやれだと、と名前の隣に腰掛けたリヴァイは、自分が座れるようにと持ち上げられた尻尾を見やる。
本物と見間違えてしまうほど精巧なもの。
潔癖症故に獣に触れることのなかったリヴァイだったが、名前となれば話は別だ。
ゴロツキの頃は動物を愛でるだなんてことはなく、なんだかんだで初めて触れるそれに手を伸ばした。
『ひゃっ、』
びくっ、と体を揺らした名前にリヴァイもわずかに肩を揺らした。
「痛かったか?」
『あー…痛かったというか、なんというか…』
リヴァイの手から離れたそれを自分で触れるが、先ほど感じたような感覚はせず。
?、と首を傾げた名前はそれから手を放し、尻尾は再びリヴァイの手のひらに収まった。
猫の尻尾は敏感だと聞いたことのあるリヴァイは、名前が痛がらないようにやさしく握る。
『は、ぁっ』
「…(もしかして)」
痛がっているような反応ではないそれをまじまじと見ながら、尻尾に触れ続ける。
少し強めに握っても、彼女はぶるりっ、と体を震わせ、甘い声を上げるだけ。
全てを察したリヴァイは意地悪く笑い、弄っていた先から根元のほうに手を這わせた。
『んんっ、やぁ…』
紅潮した頬、うるんだ瞳、震える唇、悩ましげに寄せられた眉。
名前は尻尾を彼から取り上げようと手をかけるが、其れよりも先に、リヴァイがぎゅっと握りしめてしまった。
『ぁっ、』と声にならない嬌声をあげ、大きく体を震わせた名前は、そのままくたりとソファに体を預ける。
ふー、ふー、ふー…と息を整えているのがまさに猫そのもので。
名前の髪を結い上げている紐を解き、くしゃくしゃと頭を撫でる。
『…リヴァイさんのばか』
「ヨがってたくせに何言ってやがる」
『…こっちの方がいいです』
ぴた、とリヴァイの彼女の頭を撫でる手が止まるが、ぎこちなさげに再び動き出す。
先ほどまで自分がいじくりまわしていた尻尾は機嫌よさそうにゆらゆらと揺れていて。
きゅ、と細められた瞳も幸せそうに見えた。
「(本当に猫みたいだな)」
ペトラやグンタが猫に構っていた時に喉を撫でていたのを思い出し、名前の柔肌を傷つけないように、やさしく掻いてやる。
びく、と一瞬驚いたような名前だったが、リヴァイの手つきが気持ちいいのか、ごろごろと喉を鳴らしそうなくらいに顔を蕩けさせる。
ふりふりと振られる尻尾にぴくぴくと動く耳、美しい翡翠色の眸。
こんな猫だったら飼ってもいいな、と、リヴァイはそんなことを独りごちた。
(あの、リヴァイさん)
(何だ)
(もっとくっついてもいいですか…?)
(あぁ、いいぞ)←即答
(!…ふふ、リヴァイさんあったかい…)
((…またハンジに作らせるか))
後日、製造法を全くメモしていなかったがために同じ薬を作るのに四苦八苦しているハンジが見られたそうな
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