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  アマエタナール?



「それでですね!」


『ふふ、104期生は面白いね』


名前にぴったりとくっついて、顔を綻ばせながら話すエレン。
彼女自身はそんな彼に対して何の違和感も抱いていないのか、いつもと変わらぬ穏やかな表情で対応している。
まるで犬と飼い主だな、というリヴァイの感想をよそに、エレンは名前の艶やかな髪に触れる。


「今日は下してるんですね、髪」


『うん、縛ると気が引き締まるから。休みの日は下すようにしてるんだ』


「すごく綺麗です…」


指通りの良いそれに触れるエレンはうっとりとしていて。
それに舌打ちをしたリヴァイはツカツカと靴を鳴らしながら歩を進め、エレンと名前の間に勢いよく腰を下ろした。


「わっ、って兵長!!」


「あ゛?」


「(折角名前さんとイチャイチャしてたのに!!)」


「(はっ、お前には幼馴染がいるだろうが)」


ひそひそ話を繰り広げる2人に首を傾げる名前。
エレンはこのままでは自分の隣はリヴァイのままだと判断し、訓練で身に着けた身体能力を発揮して、リヴァイに捉えられる前に名前の隣に移る。
あっという間のその動きに呆気にとられた名前にべたーとくっついたエレン。
おお、と少し戸惑ったような反応を見せた名前にエレンが眉尻を下げた。


「嫌ですか?」


『いや、そういうわけじゃないけど…』


「…なんか様子変だな」


エレンは確かに時々甘えてくるけれど、こう大っぴらではないし、恥ずかしがり屋なのでこうして行動に出ることはまずない。
するりと腕が回され、ぎゅう、と抱き付かれた名前と、それを不機嫌そうに睨むリヴァイ、至極幸せそうなエレン。
なんなんだこの空間はと言いたいくらいにごちゃまぜのそれが広がっていた。


「詳しく説明しよう!」


「テメェの仕業かハンジ」


「え、ちょまだ何もいぐほあっ」


どがっ、と鈍い音を立てて倒れたのは巨人の研究に勤しんでいた筈のハンジ。
リヴァイの強烈な蹴りのせいで倒れ伏したハンジは、げほげほとむせながらもなんとか立ち上がり、蹴られた部分をさする。


「今回私は巨人の研究の最中に出た薬品をエレンに試してもらったんだ」


『え、副産物?』


「なんつーもの飲ませてんだ」


「まあ無害ってことは分かってたから大丈夫かなあと…それでどんな感じに聞いたか様子を見に来たんだけど」


エレンの腕の力は強まり、いつの間にか名前は彼の膝の上に腰掛ける形になっていた。
彼女が逃げないようにがっちりとホールドし、甘い香りのする首筋や髪に顔を埋めて、幸せそうな表情を浮かべる。
乗せられている名前はくすぐったいだけのようで、嫌悪感をあらわにした様子は見られない。
そんなエレンの様子を見たハンジはなるほどねー、と自身の指を顎に添える。


「甘えん坊になるんだな」


「甘えん坊だと?」


「"この人に甘えたい"って欲求に、いつもは理性という枷がついている。どうやらこの薬はその枷を外してしまう薬みたいだね」


んなこと冷静に言ってる場合か、と額に青筋を立てたリヴァイに気付かず説明をつづけるハンジ、甘えるエレン、甘えられる名前。
名付けて、とゴーグルをきらりと反射させたハンジは、高らかに宣言する。


「アマエタナール!」


「そのまんまじゃねぇか」


『どうなんでしょうそのネーミングセンス』


「名前さん、構ってください…」


『えっ、あ、うん』


薬の効能がそのまま名前に出てるじゃないかと言わんばかりのネーミングセンスに白けていると、名前の意識が自分からそれたのが嫌だったのか、きゅうん、と犬が甘えてくるようにエレンが彼女の顔をのぞき込む。
ハンジの説明通りなら、エレンはいつもこうして甘えたいのを我慢しているということになる。
なら、薬でこうして甘えてくれている間は思いっきり甘やかそうと考えた名前は、ぐりぐりと顔を首筋に埋めてくるエレンの頭を優しく撫でた。


「チッ」


「リヴァイー、面白くないのは分かるけど、」


「テメェが原因だろうがっ」


「ぶふぉっ」


鳩尾の次は顔面という踏んだり蹴ったりなハンジを傍に、名前にべったりなエレン。
再び盛大な舌打ちをした彼は、エレンの腕から強引に名前を奪い取る。


「なっ!何するんですか兵長!」


「そりゃこっちの台詞だエレン。こいつは副兵長だぞ、お前がそう馴れ馴れしくしていい相手じゃねぇ」


「そんなの兵長に関係ないじゃないですか!」


ギャーギャー騒ぎ始めた2人。
あーぁー、と傍観するのはハンジと名前。
冷静な表情の名前に正直面くらいながらも、ハンジは彼女に尋ねる。


「意外な反応。名前だったら止めに入ると思ったのに」


『止めようかとも思ったんですけど…まぁいいかなって』


「…時々君の基準が分からなくなるよ」


でもそこもいい!と親指を立てたハンジだったが、何かいい案でも思いついたのか、きらり、と再びゴーグルを光らせる。
嫌な予感がするとそそくさと立ち去ろうとした名前の腕を捕まえたハンジは未だ言い争っている2人に声をかけた。


「おーい!リヴァイ!エレン!」


「「うるせぇ!!」」


「ちょ、ちょっと話聞こうよ…」


速攻で帰ってきた罵声にハンジはたじろぐも、腕をつかんだ彼女をグイッと2人に押し付ける。
いきなりの行動に足元をふらつかせた名前は、ばふっ、と2人に支えられた。
状況のわかっていない彼らとひとり笑っているハンジ。
リヴァイのどういうつもりだという視線に、ハンジはにぃっと笑った。


「だぁーからー、今日一日名前に甘やかしてもらおうDAYってことで!」


「「『は?』」」


「エレンは名前にべったりしててもいいし、リヴァイは名前に癒される素敵な日にしようってこと!」


『あの…ハンジさん…それ何の解決にもなってないんじゃ…』


言いにくそうにそう告げた名前だったが、彼女を支える2人は無言。
え、と不安定な体勢から名前を横抱きにしたリヴァイは、すたすたと自室へと向かう。
後ろからエレンが「ちょ、俺が運びたいです!!」と言い張るエレンの声が響き。
ぽかんとした表情のまま扉の向こうに消えていった名前の声が、その日ハンジの耳に届くことはなかった。



(名前さん、あーん、して欲しいです)
(あ、あーん…)
(おい名前、エレンばっかじゃなくてこっちも構え)
(だめですよ兵長、甘やかしてもらうのは口で強要したら)
(あ゛ぁ?てめぇだって口で強要してんじゃねぇか)
(俺のはあくまで願望ですから)
((もう…なんとかして…))


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