小説 | ナノ


  愛しているからこそなのに



エルヴィンに書類を提出したリヴァイは昼食をとろうと、エルヴィンの執務室からそのまま食堂へと向かっていた。
自分一人だけの足音が響く廊下でなんとなく窓の外に視界を向ければ、綺麗に整えられた中庭が見下ろせる。


「、名前?」


中庭には植物や木々が植えてあり、兵士たちの憩いの場になっている。
そんな場に、ひときわ美しい黒髪が揺れていた。
几帳面に結い上げられたそれは紛れもなく彼の想い人である名前のもので。
丁度空いている窓から彼女に声を掛けようかと思って窓枠に手をかけたところで、名前が一人ではないということに気付く。


「、」


太陽の光に煌めくブロンドの髪は、少し癖があるものの綺麗に整えられ。
遠目ではあるものの、その男が最近女子の間で話題になっている男であることが分かった。
実際に見たことのなかったリヴァイは今までその話を耳にするだけだったが、大して興味をそそられることはなく。
しかし、そんな男が自分の想い人である名前であると一緒にいるのなら話は別だ。
リヴァイは顔を不機嫌そうに歪めたまま口を開こうとしたら。


「好きです。いや、愛してるんだ」


男の芯の通ったまっすぐな声。
甘さを含んだその声は、確かに名前に愛を告白していて。
開きかけた口が動きを止めて、リヴァイはただ二人を見ていることしかできなかった。
美術品とか、そういうものには一切趣味も関心もないが。
暖かい陽光に包まれ、美しい花々に囲われた名前とその男は酷くお似合いで、まるで世界の巨匠が描いた屈指の美術品の様にしか見えなかった。


「それで、そんなに機嫌が悪いんだ」


「…うるせぇ」


がやがやと騒がしい食堂でも、隅の一部は酷く静か。
結局あの後、名前に声をかけることのできなかったリヴァイは、そのまま一人で食堂へやって来た。
もともと無愛想な表情が通常運転であるリヴァイであっても、今日の表情はいつも以上に険しく恐ろしく、誰も近づくことができない。
そんな中、変人と称され彼ともそれなりの付き合いがあるハンジが「何々どうしたの?今日は機嫌がいつも以上に悪いね!」と高らかに声を上げながらリヴァイの前に腰掛ける。
その瞬間に飛んで来た彼の拳を顔面に受け、周りから小さな悲鳴が上がってももろともせず、しばらく悶えたのちに再び彼の前に腰掛ける精神を持ち合わせたハンジはやはり変人というか屈強な精神をお持ちでいらっしゃるというかなんというか。
触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに彼らからそらされた意識のおかげでリヴァイとハンジの話は誰にも聞かれずに済んでいた。


「私も見たことあるけど、確かに彼は好青年というか美青年というか」


「……」


「立体機動術も中々だし、討伐数も補佐数もそれなりだね」


こともなげに話すハンジの言葉を若干聞き流しながら、リヴァイの頭の中ではあの中庭にいた2人の姿が何度も過ぎる。
身長も自分よりもずっと大きく、名前を抱きしめればすっぽりと包み込んでしまえるのだろう。
自分の顔も悪くはないという自覚はあるが、其れとはまた違ったジャンルであり、所謂爽やか系というかなんというか、若い女に人気のある顔立ちだと思う。
はああ、と深いため息をついたリヴァイの耳は目の前のハンジの声ではなく、後ろから聞こえてくる別の人間の声をとらえた。


「なあ聞いた?あいつ副兵長に告るらしいぜ?」


「えぇ!?そういえば誰が好きなのって聞いても中々教えてくれなかったけど…副兵長が好きだったんだぁ」


「ずっと言ってたもんねぇ、副兵長に憧れてたって」


「まぁ、副兵長も中々の完璧人間だったしなあ。あいつも似たような感じだし」


お似合いだよな!と談笑する彼らを本当は今すぐにでも殴り倒してしまいたかったが、自分は別に彼女と特別な関係にあるというわけではない。
そんな資格はないのだと言い聞かせ、その衝動を何とか鎮める。
ぎりり、と歯を噛みしめ、後ろの談笑から意識をハンジへ向けたが、いつの間にかハンジの話題は名前とあの男の事から巨人になっていることはスルーすることにした。
その後、ハンジの話を適当に流したリヴァイは昼食を終えた後、自分の仕事を片付けるために自分の執務室へ。
その途中、再び通りかかった廊下から見下ろした中庭には、当然のことながら誰も居なかったがそれでも気分は晴れず、もやもやぐるぐるとした気持ちのまま部屋に戻り椅子に座っても手に持ったペンが動く気配はない。
はぁぁ、と深いため息をついたリヴァイは手にしたペンをペン立てに戻す。


「…くそ」


ぐるぐる巡る名前とあの男の並んだ姿。
しかしよく考えてみれば名前はあの容姿だ。
向こうでも、こちらに来てからもきっとたくさん告白を受けたのだろうと予想するのは容易い。
なら何故付き合わない?と疑問は浮かぶが、彼女はまじめな性格だし、生半可な気持ちで付き合うのは自分も相手も傷つけるということ思うような性格であるがゆえに今までのそれらも断ってきたのだろう。
たとえ襲われそうになったとしてもイノセンスという、自分達からしてみればまさにびっくり人間ショーと言わんばかりの武器が存在するから撃退することも容易なのだろうけれど。
そう考えれば考えるほど、どろどろとした汚いものが噴出してくる。


誰にも会わないように閉じ込めてしまいたい。
その頭のてっぺんからつま先まで、自分だけが触れられるように。
その美しい翡翠色が映す世界が自分だけであるように。
カナリアのような声で呼ぶ名が、自分のものだけだったらと。


『リヴァイさん』


そう柔らかく呼ぶ彼女の心も躰も、何から何まで自分のものにしてしまえたら。


ぎり、と自分の手を握りしめたら、ずきりと鈍い痛みが走ったが、リヴァイはそれに気を留めることなく。
こんこんこん、控えめにノックされた扉に、下げていた視線を上げた。


「入れ」


『失礼します』


がちゃ、と開けて入って来たのは、彼の頭の中を支配していた名前で。
几帳面に整えられた隊服には乱れひとつなく、彼女が常にしている手袋から支給されているブーツにまで汚れ一つない。
潔癖症であるリヴァイさえ見惚れるその姿は今日も変わらずそこにあり。
手にしていた書類を彼に差し出した名前は、コーヒーでも淹れましょうか、と小さく笑う。


「あぁ、頼む」


『いつも通りでいいですか?』


あぁ、と短く返し、彼女が提出した書類に目を通す。
さっきまで全くやる気のしなかった仕事なのに、名前の書いた字が何故か愛おしく感じられてするすると目が通る。
惚れた弱みか、とため息をついた彼は書類から顔を上げ、かちゃ、と小さな音を立てながらコーヒーを準備している彼女へ視線を向ける。
ペトラが憧れると言っていた彼女の線の細さは、その身体能力に全く見合わないくらいだ。
いつか折れてしまうのではという心配をよそに、その立体機動を扱う様はまるで舞っているようにさえ見えて。
ぼんやりとその姿を見ていたリヴァイの口は、彼の意識と関係なしに開いた。


「告白、されたんだってな」


ぴた、と名前の動きが一瞬止まるも、再び動き出す。
その動きは若干のぎこちなさを含んでいて、動揺してるのか、と分かった。


『見てらしたんですか』


「…あぁ」


受けたのか、という自分の声があまりにも無機質で、思わず嘲笑した。
聞きたくないのなら聞かなければいいのにと、自分を笑ったのだ。


『いえ、お断りしました』


「、」


迷いのないその言葉に今度はリヴァイの動きが止まった。
コーヒーを淹れ終えた名前が振り返り、そんな彼に苦笑を浮かべる。


『付き合う人はちゃんと選ぶつもりですよ?今までそういう経験がないので何とも言えませんが』


「…そうか」


かちゃ、と小さな音を立てて置かれたコーヒーに手を伸ばそうとしたリヴァイだが、手を開いた際に、ツキンッと割れるような痛みが襲う。
少し顰められた表情に目ざとく気付いた名前は、彼の手を取り、そこにある傷に目を細めた。


『手を強く握りしめたんですね…』


治療します、と言って離れそうになった彼女の腕をつかみ、自分の椅子に押し付けるように座らせた。
流れるような一瞬の動作に対応できなかった名前に覆いかぶさったリヴァイは、手を開いたことで再び開いた傷のある方の手のひらを、彼女の白い頬に滑らせた。
つう、と伸びる赤いそれに満足そうに笑ったリヴァイに、名前の細い体がビクつく。
幸いそこまで大きな出血ではないために夥しい血が付着するなんてことはなかったが、其れでも名前の白い頬にリヴァイの赤い血は映えた。


「…なあ、俺はどうしたらいい」


『ぇ』


「あの時、お前に告白したあの男を殺してしまおうと思った」


ギラリと鈍い、獰猛な光を宿すリヴァイの眸を只見上げる。
ごく、と生唾を飲み込んだ名前の細い喉に、頬を撫でていた手の指先が触れ、まるでくすぐる様に行ったり来たりを繰り返す。


『リヴァイ、さん…?』


「お前を閉じ込めて、誰にも会わないようにして、俺だけを見て、俺だけに声をを聞かせてくれたら」


どれだけ幸せなんだろうな、と苦しそうに笑ったリヴァイは、何時もよりもずっと弱々しくて。
何も言葉を発せられなかった彼女は切なそうに小さく笑い、そんなリヴァイを抱きしめた。



(俺の傍にいろ、離れるな)
(私を捕まえて、離さないで)
((そう言ってしまえればどれだけ楽になれるだろうか))
((それを許さぬのが))
((まだ完全に埋めきらない、2人の距離))


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