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  武器を使わないだけマシ



調査兵団には奇妙な班がある。
ある、というよりも最近出来たものなのだが。
どうやら調査兵団兵士長様であるリヴァイはそれが気に入らないらしく、機嫌悪そうにいつも以上に眉間に皺を寄せたまま、エルヴィンの座っているソファの向かい側に腰を下ろしていた。


「どうした、機嫌が悪そうだな」


「わかってるくせに態々聞くのか?」


エルヴィンのしらを切ったような言葉に、さらに機嫌悪そうにする。
これを見たのが一般兵だったら顔を真っ青にして脱兎のごとく逃げ出すのだろうが、リヴァイの目の前意にいるのはエルヴィンだ。
彼は困ったように苦笑いを浮かべながら、机の上に用意したティーカップに手を伸ばした。


「名前のことか?」


「…あいつ自体に文句はない」


だろうな、という言葉はあえて飲み込んだエルヴィンはその続きを促す。
続きをわかっていながらわざわざ言わせられるのに不快感を抱きながらも、その不快感も吐き出すように口を開いた。


「どうにかならねぇのか、あの神田って男」


そう、リヴァイの不機嫌の原因は、名前の部下として調査兵団に所属している彼女と同じエクソシストである神田ユウだった。
二人とも調査兵団入隊が決定した時、彼はエルヴィンにこう言い放った。


「俺は名前の指示にしか従わねぇ」


まるで自分の立場をわかっていないような言動ではあったが、名前が副兵長に据えられることでその願いは叶った。
調査兵団にある奇妙な隊とは、副兵長である名前と神田の2人だけの班、通称特殊別動隊。
二人とも並はずれた戦闘能力を有していることからこの名前が付けられたのだが、どうして班員が二人だけなのかということにはちゃんと理由がある。
もし彼らが窮地に陥ったとしても、2人だけならば周りの目を気にすることなく彼ら独自の武器、イノセンスを以て戦うことができるということがその理由の大半を占めている。
そのほかの理由としては、神田の驚くべき協調性のなさが関係しているというが…詳しいことは伏せられている。
何はともあれ、名前の立場故に彼女の班、というより神田も必然的にリヴァイ班とともに行動することはあるのだが、いかんせん、神田には彼らと強調しようという意図が全く見受けられないほどつんけんしている(まあアレンとの犬猿の仲よりはマシではあるが)。
リヴァイ班の面々はそんな彼の性格を理解し(諦めたともいう)それなりの関係を築いているのだが、唯一、リヴァイだけが神田と真っ向からぶつかり合っていた。


「名前を取り合っているだけだろう、2人して」


「……」


エルヴィンの言うことは的を得ていて、リヴァイはぐうの字も出ない。
はあ、と彼に聞こえないよう心中で溜息をついたエルヴィンは、つい先日、彼らのもとを訪れた時に見た光景を思い出した。


「名前」


『おはようございます、リヴァイさん』


「あぁ、おはよ」


ペトラとともに作った朝食を全員で食べたのち、訓練のあるものは各々で動き出し、非番である者はその場にとどまり、ゆったりと時間を潰していた。


「おい、名前」


『、なに、ユウ』


「刀の手合わせに付き合え」


『えぇ…今日ぐらいいいじゃないか…』


神田と違って立場を与えられた名前は、普段の訓練に加えデスクワーク、さらには訓練兵の指導と忙しい日々を送っていた。
彼も壁外調査の後は報告書を製作したりはするが、普通の調査兵団兵士と何ら変わらない日々を送っている。
向こうで任務に明け暮れていたから、きっとこちらの任務では物足りないのだろう。
いくら死亡率の高い兵団とはいえ、それは教団とて同じこと。
さらに知性もあり、殺傷能力の高い武器も有していることから、AKUMAを相手にするほうが何倍も面倒だということは重々理解していた。
…とはいえ、


「…鈍るぞ」


『疲れてるの…』


ふぅ、と困ったようにため息をついた名前の表情には確かに疲れが見え隠れしていて。
心配でならない、と言わんばかりのエレンは、神田に「せっかくの非番ですし…名前副兵長を休ませてあげないと」とはいうものの、彼の鋭すぎる睨みに撃沈。
演習があるからと、エルドに首根っこを引きずられていくエレンは「名前副兵長ぉぉお」と情けない声を上げていた。
そんな彼に手を小さく振っていると、ぐい、とその細い腰を隣に引き寄せられる。


『ぁっ、』


「こいつはてめぇとは違って忙しかったんだ。非番の時ぐらい休ませてやらねぇと体がもたねぇんだよ」


『、リヴァイさん』


引き寄せられたことで密着した名前とリヴァイの体。
二人とも私服を着ていたため、何時ものジャケットは羽織っておらず、布越しに伝わってくる彼の体温が心地よかった。
…が。


『あの、離してもらえないでしょうか…』


自分は別に、リヴァイと特別な関係を築いているわけではない。
寧ろ、なんだか懐かしさを感じて…


『(これは、うん。アレンとかが抱き付いてくる感覚に似てるかな)』


名前の判断はあながち間違いではないが、アレンが名前に向けている好意には一切気づいていないのでなんといえばいいものか。
因みにリョウはなんだかじゃれてる犬っぽい、と判断したため、このカテゴリーには含まれなかった。
名前の少し遠慮した、それでもはっきりとした拒絶の言葉に顔をしかめたリヴァイ。
対して神田はにや、と人の悪い笑みを浮かべていた。


『わー、ユウ、折角の美人顔が台無し』


「なんだと」


『その笑い方クロスみた、うっ』


腰にだけまわっていたはずの2本の力強い腕は、いつの間にか彼女の腰から離れ、後ろから抱え込むように名前にまわされていた。
ぎゅう、と人類最強と称される男が力を込めて抱きしめれば、それはうめき声をあげてしまっても仕方ないだろう。
苦しそうに顔をゆがめた名前は、自分のすぐ後ろにあるリヴァイを振り返った。


『ちょ、リヴァイさん、苦しい…!』


「うるせぇ。黙って抱かれとけ」


なんで!?


口には出さないものの、そう表情にありありと出してくる名前は、理不尽だと言わんばかりの視線をリヴァイに向け、視線を向けられた張本人である彼は満足そうに口角を上げている。


「てめぇ…ふざけんのもいい加減にしろよ…」


ゆらり、と前方の細い影が動く。
ん?とリヴァイに向けていた視線を神田に戻した名前は、彼の手にあるものに気付き顔色を悪くした。


『えーと…ユウ、ねぇ落ち着こうか』


「俺は十分落ち着いてる」


『落ち着いてる人は六幻に手を掛けたりなんてしないよ』


万が一のためにと帯刀は許可してもらっているが、抜刀までは許されていない。
もしここでリヴァイに対して(というかこの場合名前も巻き添えになってしまう)抜刀すれば確実に神田には処罰が下る。
たとえ向こうでそんなものはなかったといっても、ここは向こうとは違う。
今にも切りかかりそうな彼から、イノセンスを使って六幻を取り上げ、一時的に影の中に収納する。
どこに置いてもすぐに回収してしまうだろうから、それを防止するための策だったのだがどうやら神田は相当気に入らなかったらしく、先ほどよりも凄みを増した視線で名前たちを見やる。
後ろからリヴァイに身動きをとれないくらい強く抱き着かれ、目の前には恐ろしい眼差しでこちらを見やる神田。
どちらもイケメンで本当なら心臓に悪いと言いたいところだが、生憎名前は昔から顔の整った集団の中で過ごしてきたため、そんな乙女思考は存在しない。
ただ自分の今の状況に溜息をついていたのだが、今度はどんっ、と目の前が暗くなった。


『に゛ゅっ、』


「…何のつもりだ」


「テメェが離さねぇからな」


ハッ、とリヴァイの言葉を鼻で笑った神田は、名前の正面から彼女に抱き付いていた。
視界が暗くなったのは、顔面を神田の胸板に押し付けられていたかららしい。
なんとか呼吸ができるように顔を背けた名前は、ぎしぎしと前後から強い力で抱きしめられるゆえに軋む自分の体に泣きそうになる。


「俺はてめぇらの誰よりも付き合いがなげぇんだよ」


「あぁ?そんなの関係ねぇだろ?つーか、俺はテメェの上司だ、ちっとは遠慮しろ」


「断る。俺が従うのは名前だけだと最初に言った」


頭上で繰り広げられる激しい口論。
時々放送禁止用語が飛び交うのには耳をふさぐことにして…暫くすればリヴァイに用があるからそっちに行くよ、と昨日笑っていたエルヴィンが早く到着するのをひたすら待ちわびた。



(…リヴァイ、神田)
((ビックゥッ!))
(これは、どういうことか説明してもらおうか)ゴゴゴゴゴゴゴ…
((やべぇ…エルヴィンがガチ切れしてる…))
((…リナリーと同じ怒り方だな…))
(とりあえず、そこで死にそうになってる名前を開放してからだな)
(ありがとうございます…エルヴィン団長…)
(あぁ。部屋に行って休むといい。私はこれから二人に話があるから)
(へ?(ユウも?)あ、はい)
エルヴィンが帰ってからの2人は、その日珍しく静かだったとか


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