小説 | ナノ


  あいつの彼女



「あれ?児島さん、渡久地知りませんか?」


此処はリカオンズのミーティングルーム。
いつも練習に参加しない渡久地でも、稀にミーティングだけに参加することがある。
ミーティングは次の試合に向けての話し合いをする大切な場なので、児島が練習には参加しなくてもいいからこれには参加しろと言っているのだ。
その言葉に(時々)従い今まで(時々)参加していたのだが、今日はその金髪が見られない。
今日は参加すると確かに言っていたのに。
出口が何か知っているのではないかと児島に尋ねたが、児島もその理由は知らなかった。


「さぁ…」


どうかしたのだろうか、と心配し始めた児島のポケットに入っていた携帯が鳴る。
いつもならばロッカーに置いているそれをポケットから取り出し、開けばそのディスプレイには名前が表示されていた。


「渡久地からだ」


「?渡久地が遅刻の連絡なんてするはずないし…」


訝しげな出口の視線を受けながら児島が通話ボタンを押す。
もしもし、と言えば、その向こうから返ってきたのは聞きなれた渡久地の声ではなかった。
沖縄で負傷したとき、近くの病院は全て閉まっているからといって連れて行かれた渡久地の家に居た一人の若い女性。
一つにまとめられた、烏の濡れ羽色とはまさにこのことかと言わんばかりの黒髪が印象的だったのをよく覚えている。


「苗字さん、だったか?」


≪はい。突然お電話してすみません≫


「いや…でも何で渡久地の携帯から」


≪実は風邪を引いたみたいで…今日のミーティングは参加するとは聞いてたんですけど、この状態じゃ無理だと思ったので一応連絡を≫


知ってる人が児島さんしか居ませんでしたから、と申し訳なさそうな声色の名前。
児島は小さく笑うと、彼女を安心させようと落ち着いた声色で返事をする。


「大丈夫、助かった。渡久地のこと頼むよ」


≪はい。次の試合には出れるようにしますので≫


失礼します、と切れた電話。
児島が携帯を閉じる頃、どうやら周りは電話をしている児島に気を使っていたようで、ざわめいていたミーティングルームは静かだった。
一番傍に居た出口が尋ねる。


「渡久地じゃなかったんですか?」


「あぁ。どうやら風邪を引いたらしい」


「苗字さん?」


「渡久地の彼女だよ」


「へぇー、渡久地の彼女」


「彼女かぁ」


「いいなぁ、彼女…」


って、


「「「えええぇぇえぇっ!!?」」」


見事にはもった驚きの声に耳を塞いだ児島。
出口もびくぅっ、と肩を震わせていたが、呆れたような表情と声色で大声を上げた彼らに言う。


「渡久地の人気見てみろ。彼女がいたって可笑しくねぇだろー」


「いやでも、東亜ってそういうのに興味なさそうだし…」


「浮いた話も無かったからてっきり居ないもんだと…」


な、と互いに頷きあう今井に藤田。
他のメンバーも声には出さないが、うんうん、と頷いていていて、まぁ確かに、と出口も同意せざるを得ない。


「児島さんは見たことあるんですか?渡久地の彼女」


「あぁ。まだ随分若かったが落ち着いた雰囲気の女性だったな」


「へぇー、渡久地のことだからなんかこう…派手な感じと言うか、グラマラスというか…」


「分かる分かる!つーか渡久地自体が派手だからなぁ」


「セットで立ってるとなると、何か違和感を感じるかもなー」


「実を言うとそうでもなかった」


児島のさらっとした感想に、チームメイトはうーん、と考え込む。
どうやらますます名前の想像がつかなくなってしまったようだ。



(ますます謎だ)
(一番手っ取り早いのは見ることだけどな…)
(無理だと思うぞ?なんだかんだで独占欲強いみたいだしな)
((渡久地と独占欲がどうしても結びつかない))
(ぶっくしっ…)
(あぁもう、寝ててよ)
(誰かが俺の噂してる…)
(風邪の症状だよ)



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