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  儚く散った恋心〜再〜



艶やかな黒髪は赤い紐で高い位置に一つにくくられ、歩くたびにさらりと揺れる。
隊服からのぞく白磁の肌は美しく、まるで美しい彫像品を連想させて。
すらりと伸びた無駄ひとつないしなやかな肢体は、猫のように相手を惑わす。
上品なビスクドールのように整ったかんばせにはめ込まれた眸は宝石のように輝く翡翠で、光を浴びて空色にも見え。
言葉を紡ぐ唇は、慎ましやかな桜色、触れたらどんなにやわらかいのだろう想像してしまう。

調査兵団、副兵長。
俺達のような訓練兵からしてみれば、まるで雲の上の存在。
そうそう関わることなんてないだろうと、別にそれで構わないと思っていた。


『初めまして、副兵長の名前です。皆さんには体術や剣術をいったものを中心に指導していくことになります。何かわからないことや質問したいことがあれば何でも聞いてください』


彼女が、名前さんが、俺達の訓練を視察に来た、その日までは。


「はぁぁ…」


「どうしたの、ジャン」


「深え溜息だな」


「…ベルトルト、ライナー…」


ぐるぐると折角の温かいスープを只かき回していたジャンの傍に、ベルトルトとライナーが腰を下ろす。
彼らは早速昼食に手を付けていた。


「力になれるなら相談に乗るけど」


「…うーん」


「どうせあれだろ、副兵長に一目惚れしちまってどうしようってとこだろ」


ガタンッ


「なっ、なななななっ、!!!」


「…見てりゃ一発だっての」


盛大に椅子から落ちたジャン。
食堂の視線を一手に集めるが、大したことではないと判断したのか、彼らの視線は自分の昼食に戻っていく。
呆れたような表情をするライナーに恥ずかしそうな顔をしながら自分の席に再びつくジャン。
ライナーの向かいに座っていたベルトルトは、そうだったんだ、と意外そうな表情を浮かべていた。


「ジャンって、ミカサの事が好きだったんじゃ」


「うわああああやめろおおおおおおお!!」


「恋多き年頃ってやつだな」


「…おっさん臭いよライナー」


ライナーの言っていることは間違いないが、ベルトルトの言う通りその言い方は年寄り臭い。
自覚はあったのか、彼はひらひらと軽く手を振るだけで彼の言葉を流した。
ベルトルトもそれ以上追及することはせず、確かに、とジャンの話題に戻る。


「可愛い人だよね、副兵長」


「だろ!?こう…庇護欲がそそられるっつーか…」


「守られるほど弱くねーとは思うが…まぁ、調査兵団の中でも1、2を争うって有名だしな」


もさもさとパンを咀嚼しながら話し続ける3人。
時折乾いた口の中を潤すようにスープや水を飲んだ。


「あー…次はいつ会えるのか…」


「何時って、ジャン、お前教官の話聞いてなかったのか?」


「は?」


机に突っ伏しながら発したジャンの言葉に、隣に座っていたライナーが眉根を寄せた。
好きなら把握しとけ、と言わんばかりの表情に、焦るジャン。
好きな人の事となると行動にも表情にも出やすい彼が面白いのか、ベルトルトはにこやかに笑っている。


「副兵長なら、明日の座学の臨時講師に来てくれるよ」


「………」


ぬあああにぃぃいいい!!!!


ここで叫べば確実に教官が見に来るため、大きな声は発せない。
ジャンは喉まで出かかった驚愕の叫びを何とか心の中にとどめることに成功したのだった。


『奇行種を一人で討伐しようとしてはならない。これが基本です。ただし、戦場では』


そう言う場面に出くわしてしまうこともあるでしょう、と翡翠色の、何処までもまっすぐな瞳で訓練兵に視線を向ける名前。
今日の座学の担当教師が、急な体調不良に見舞われたということで、今回名前の名前が挙がったのだ。
エルヴィンがリヴァイを説得する、という条件のもと叶ったこの座学の臨時講習。
名前自身、実は学ぶより実践派であるし、エクソシストなんてそういった部類の人間がほとんどであるため、こうして座学を指導する側に立つのは若干の苦手意識があったのだが。


『今日の授業はここまでとします』


何か質問があればどうぞ、と告げた瞬間立ち上がった訓練兵たちの姿を見ると、やってよかったと、そう思える。
自分が今日彼らに教えた範囲の事から、他の教官が彼らに教えたことまで幅広い質問を受けていた彼女が解放されたのは、座学が終了して1時間後。
ありがとうございました!と手を振る彼らに見送られるままに廊下を歩いていた名前に、一人の訓練兵が駆け寄ってきた。


「名前副兵長!」


『、君は…ジャン君、だっけか』


「はい!ジャン・キルシュタインです!」


ばっ、と敬礼した彼に『そう固くならなくていいよ、』と小さく笑った名前に、ジャンは頬を染めながらその腕を下した。


『どうかした?』


「あの…名前副兵長は座学も首席で訓練兵を終了したと教官から聞きました」


『あー…うん』


まあ、一応、と照れくさそうにする名前に悶えたジャンは、彼女が訓練兵時代に使っていた参考書などを教えてほしいと頼む。
一瞬頭に不機嫌そうなリヴァイの表情が浮かんだが、まあエルヴィンが説得してくれたから問題ないだろうと、ジャンの頼みを叶えるべく、資料室へと2人で向かった。


『うわあ…蒸れてる…』


「暑いですね…」


ガチャッ、と開けた瞬間にむわっと迫ってくる熱気に名前の端正な顔がゆがむ。
足早になかに入った彼女は閉めきっていた窓を開け、少しでも涼しくなろうとジャケットを脱いで備え付けられている机の上に畳んでおいた。


「(うお…!)」


シミひとつない純白のYシャツと配給されているズボンの上から、全身に張り巡らされている立体機動のベルト。
ジャケットで普段隠れている部分も脱いだことであらわになり、彼女のボディラインをよりいっそう強調していた。
ごく、と無意識のうちにジャンの喉が鳴る。


「(えっろ)」


『私が使ってたのでいいの?』


「あっはい」


『(本当は本人に合ってるものがいいんだけど…まぁ、こっちじゃそんなに種類もないし)』


自分が使っていたものは、あくまで私が使いやすいと判断したということにしておけばいいだろうと自己完結した名前は、自分が前に使っていた本の題名を思い出す。
自分のために真剣に考えている名前に対して不埒な感情は、と自分を自制した彼は、名前の言葉を待った。


『それなりの冊数になっちゃうけど…何冊くらい、っていうのある?』


「何冊でも大丈夫です」


『そう?じゃあ、ジャン君はこれ探しててくれるかな』


懐から取り出したメモ帳にさらさらと数冊の本の題名を掻き、それを破るとジャンに差し出す。
それを大事そうに受け取った彼は、あの、と名前に声をかけた。


「俺の事、呼び捨てでも構いません」


『、いいの?』


「はい!寧ろその呼び方は慣れていないので…」


『分かった。ジャン、って呼ばせてもらうよ』


それじゃあ私は奥のほうにあるもの持ってくるね、とブーツの固い音を鳴らしながら奥に消えて行った名前。
名前の声で紡がれた自分の声を頭の中でリピートし続けた彼は幸せに浸りながら、彼女のきれいな字で綴られた本を探せば、分かりやすいところにあるものを指定してくれたらしく、ものの20分でそれを見つけ終えた。
途中、ぱたん、と扉の開く音には気づかないまま…。


『―――、―』


「―、――」


「、?」


奥のほうから聞こえてくる誰かの声。
一つは名前であることは分かったが、もう一つは誰のものか分からない。
先客がいたのだろうかと思いつつ、ジャンはついでに名前の様子も見てこようと奥へと静かに歩を進めた彼の耳に、ぴちゃ、という水音が届いた。
何だか嫌な予感はしつつも、踏みだした彼の足は止まらない。
そろりそろりと近づき、本棚の隙間から見た光景に、ジャンは目を見開き、酷く絶望した。


『は、ぁ…んっ』


名前を本棚に押し付けたリヴァイが、彼女の唇を貪っているところだったのだ。
さっきの水音はこれか!!となんで気づかなかったんだと自分を叱責するも、名前のうるんだ瞳に彼の視線は釘づけになってしまい、視線をそらしたくてもそらせなくなってしまった。


じゅ、くちゅ、


嫌らしい水音を立てながら続けられる激しい口付けのせいか、名前が持っていたであろう本は床に落ちていて。
名前の砕けてしまった腰を支えるのはリヴァイの、彼女の両足の間に割って入れられた片足。
彼女を抱きすくめる左手とは逆の自由な右手は、名前の細い太ももを滑り、ベルトとズボンの隙間に指を差し入れたりして彼女の下半身を撫でまわしていた。


「………………」


きゅ、と唇をかみしめ、ジャンは彼女に教えてもらった本を抱えて資料室を彼らに気付かれないように飛び出した。
資料室から遠ざかるたびに早くなる足を止めることができなかったジャンはそのまま外に飛び出し、噛みしめていた唇を開放する。


「くっそぉぉぉおおおおおお!!!!!!!!」


ジャンの切なすぎる叫びが、夕暮れの森に響いた。



(ねぇ、ライナー)
(何だ)
(ジャンってさ、なんで報われない恋ばかりしてるんだろうね)
(…言ってやるな、ベルトルト)


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