小説 | ナノ


  生きていると、分かっただけで



※無慈悲な神に願うの続き


リョウがリヴァイたちに保護されてしばらく、一行は既に壁内へと無事帰還していた。
巨人と遭遇することもなかったため、戦闘に及ぶこともなかったらしい。
とりあえず、意識を失っているリョウは、目が覚めた時にすぐに事情を聴けるよう調査兵団の医務室に運ばれた。
彼の存在は現在機密事項に近い為、関係者以外立ち入ることのできない場所に収容してある。


「…で、彼は誰だ?」


「壁外で発見した負傷者だ。詳しいことは目覚めてから聞く」


「壁外で、か…見た目からして科学者のようだが」


そういったエルヴィンの視線の先には、頭に包帯の巻かれたリョウの姿が。
安らかとはいいがたいが、先ほどよりはずっと穏やかな寝顔をしている彼は、やはり美丈夫。
筋肉も平均以上についているし、手のひらは堅い。
とはいえ、


「とてもじゃないが、彼がひとりで壁外で生きてきたとは考えにくい」


「…同感だ」


巨人がうろついている壁外に自ら出ていくなんて馬鹿なことをする人間なんているわけがない。
それに、彼の格好を見る限り、白衣は血で汚れていたものの、それ以外は軽く砂がついたりしているだけであって、ひどく汚れているというわけではなかった。
怪我を負う前は真っ白だったと容易に判断できるそれは、洗濯をしていなければ保てるわけがない。
ならば、


「もしかしたら、私たち以外の人間の集落があるのかもしれないな」


「……」


エルヴィンの言葉に返事を返すことはしなかったリヴァイは、いまだ眠り続けるリョウに視線を向ける。
その鋭すぎるといっても過言ではない視線に反応したのか、リョウの金色のまつ毛がかすかに震えた。


「ん……」


「お、」


エルヴィンの小さな声と、無言で見下ろし続けるリヴァイ。
その2つの傍で、リョウが眸を開いた。


「……?」


「目が覚めたかい」


「…ここは」


「壁内だよ。壁外で保護されたんだ」


「壁、外…?」


何を言っているんだ、と言わんばかりの表情のリョウに、今度はエルヴィンたちが首を傾げる。
壁内壁外なんて、この世じゃ一般常識なのに。
まるでそんなものは知らないといわんばかりの反応を見せていた男は、は、と何か思い出したような表情を浮かべ、エルヴィンの腕をつかんだ。


「お、俺と一緒に女の人を保護しなかったっスか!?」


「、女?」


「黒髪の美人な東洋人!一緒にここにおとされて…」


「保護した時はてめぇ一人だった」


「そ、んな…」


まさか、ばらばらの場所に落ちたのか…?


そう頭を抱えた男に疑問符を浮かべる2人。
どうやらリョウの言っていることがいまいち理解できていないらしい。
そんな2人の様子など目に入らないリョウは、何か連絡を取るすべはないかと必死に頭を巡らせた。


「そ、うだ…あの、俺の白衣は、」


「血で汚れてたから洗濯したが」


はい、とエルヴィンが差し出した白衣には、もう血はついていなかった。
リョウはそんなことを確認する前に、白衣の内ポケットをごそごそとあさった。
あった、という彼の声と共に出てきたのは黒い塊。
一体なんなんだ、と2人は首を傾げるものの、次の瞬間、その表情は驚愕の物へと変わる。


「名前さん!応答して下さいっス!名前さん!!」


リョウが声を向けているのは、その場にいる2人ではなく。
先ほどまで黒い塊だったそれが翼をはやし、小さく羽ばたいている“何か”に対してだった。
一つ目の蝙蝠のようなそれは、ぎょろり、とあたりを一周した後、小さくノイズを鳴らした。


≪ザ、ザザ…リョ…、リョウザザッ――≫


「!繋がった!名前さん、今どこに!?」


ほっ、安堵の表情を浮かべたリョウは、機械の向こうでつながっている誰かと話しているようで。
自分たちが今まで見たことのないような技術を当り前のように使っている目の前のリョウに驚愕の表情を浮かべながらも、2人の会話の邪魔をしないようにとエルヴィンたちは口を噤んでいた。


≪私は大丈夫、リョウは…≫


「、俺も問題ないっス。治療、してもらえたっスから」


≪そっか、良かった≫


「それよりっ、今は!?」


≪リョウと別れてからあちこち行ってみたけど、人間はいない…多分巨人に食べられたんだと思う≫


「きょ、じん…?」


なんだそれ、そんなもの見たことも聞いたこともない、と言わんばかりの表情を浮かべたリョウ。
それは声色にも表れていたらしく、向こう側にいた彼女は彼を落ち着かせるように諭した。


≪AKUMAに比べたらなんてことない。今からそっちに向かうよ≫


「ぁ、は、はい…」


≪え、と…そこに誰かいらっしゃいますか≫


リョウの歯切れの悪い返事の後、向こう側の彼女はそれまで口を噤んでいた2人に声をかけた。
なぜ気づいたのだろうか、と疑問にはなったが、あえて口にはせずにそのまま会話が進むように存在を明らかにする。


≪リョウを助けていただきありがとうございました≫


「いや、お互い様だ。それに助けたのは私ではなく、リヴァイのほうだしな」


「…馬の頭が良かったからな」


正確には生物ではなく名前のイノセンスなのだが、どうやら彼らはまだ気づいていないらしい。
説明ならばあとにすればいいだろうとリョウも口を出さなければ、向こう側の彼女も口にはしなかった。


≪明日にでもそちらに向かいます。いつ頃がいいでしょうか≫


「夜明けがいい。人目につかないからな」


「だがリヴァイ、門は…」


巨人の侵入を防ぐための門。
その門はとても厚く高く、普通の扉を開けるのとは全く違うのだ。
何人という男を駆り出し、開けなければならない大がかりなものなのだというのに。


≪大丈夫です、飛び越えますから≫


「、飛び越え…?」


「…明日の夜明け、南に面している門に行く」


≪承知しました≫


それから、リョウに大人しくしているように伝えた名前は通信を切る。
何はともあれ、彼は生きていた。


『それだけで、十分…』



(自分たちが生きてきた世界とは全く別物のこの世界の暁も)
(あの時と同じで)
(血に濡れたように、紅かった)


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